あいつと図書館



図書館に漂う、時間のしみ込んだ紙特有の匂いが、好きだ。

以前に、何気なくそう言ったファリスに意外さを感じた。
海の上で育ち海賊として生きていた彼女と、
図書館という場所との間に、大きな距離があるように思えたから。

今思えばもしかしたら、ずっと昔、彼女も忘れてしまっていた古い記憶が、
感覚となってファリスの中に残っていたのかもしれない。

今、本にかこまれた狭い空間で静かに文字と向かい合っているファリスは、
自分の想像よりもはるかにその場に馴染んでいた。

何故か、ふと寂しくなる。

声をかけ辛くなって、手持ち無沙汰に指で自分の髪を何気なく触った。
ふと我に返ったように顔を上げたファリスが、俺を見て少し驚く。

「黙って突っ立つな、びっくりするだろ」

息をついて言ったファリスに、だらりと困ったように笑った。

「邪魔しちまったか」
「お前が居ても気にもしないさ、邪魔にもならねぇ」
「あ、そう」

可愛げのない物言いに苦笑いを浮かべて、それなら、と、
開き直るようにずかずかとファリスの隣に腰掛けた。

「本、読みにきたのか」
「いや」
「ここ、本しかねーぞ。何しに来たんだよ」
「お前が居るだろ」

顔を上げもせずに言葉をつむいでいたファリスが、１テンポ遅れて、
俺を見た。

「お前に会いに来ちゃ悪いか」

驚き顔で、何か言いたくともうまく言葉にならないような、
踏ん切りの悪い顔をされて、今更ながら気恥かしい思いがたちこめる。

「気にしないんだろ」

テレを隠すようにぶっきらぼうに言ってやる。
ファリスは我に返ったようにそっぽを向く勢いで俺から顔をそらすと、
不機嫌そうに本へと線を戻した。横顔が少しだけ赤い。

なんだか、触れたくなって、でも読書を妨げてはルール違反になる気がして、
その衝動を抑えて前を見る。漂う雰囲気はどこか不自然。

でもその居心地は悪くはない。すぐ手元にあった本を適当につかんで、
パラパラとめくってみる。何かの物語のようだったけれど、
真剣に読む気にはなれずに、すぐに閉じてしまった。

ぱちんと、俺に続くように、本が閉じられる音が隣でした。

ちらりとファリスを見た、横顔のまんま立ち上がって、
ファリスは本棚に本を戻す。

「お前が本読んでる姿ってさ、なんか・・」

他の本を探すように目を走らせるファリスに声をかけたものの、
どう言っていいか解らなくなって、中途半端に言葉が途切れた。

「何だよ、最後まで言え」
「最初意外だと思ったけど、よく似合ってる」
「似合う似合わねーの問題か」
「やっぱりお前、似合うんだよ、本とか、ドレスとか」

言いかけて、やめた。　ファリスが遠くなる気がして、
口走った事をやけに後悔した。

「何言おうとしたか忘れちまった」

本棚からこちらに視線を変えたファリスが、怒っても柔らかくもない顔で、
俺を見下ろしていた。気にするなよ、と言って、少し無理をして笑いかける。

「あれ、もう読まねーの」

次の本を持たずに、再び隣に座ったファリスに声をかけた。

「もういい」
「そうか・・・じゃ、帰るか」

腰を浮かそうとしないファリスを、不思議に思いつつ見る。

「何してんだ？」
「別に何も」
「本読まないなら、何でお前」

睨む勢いで俺を見たファリスに、思わず、言葉を中断した。
赤くなったファリスの頬に、どこか浮ついた混乱が起こる。

「お前がいるだろ」

言い捨てるようなファリスの声が、本の匂いのする空気に響く。
不意打ちをくらって、すぐには動けずファリスのそんな姿に見とれていたら、

思い切り腕を殴られて目が覚めた。

「いってぇ！！　何だよ！」
「うるさい！！　ジロジロ見るな！」
「何で見ちゃいけねぇんだよ！」
「なんでって・・」

真っ赤な顔で、ファリスがうつむいて、黙る。

大きく強まった、触れたい衝動を今度は開放して、
激しく、惹かれるように手を伸ばす。

間にある本たちを乱暴に手ではらって、
ファリスを引き寄せて、驚きで緩んだ唇を、息ごと奪う位の勢いで、重ねた。


ファリスが、俺の腕をぎゅっと握る、それだけで、
俺との間にある距離が無くなる気がした。




拍手のお礼文でした。
意外とファリスが読書好きだったりすると、
なんかカッコイイという謎妄想。