星が綺麗20090829




俺もあいつも、いつも通りだった。

酒場の壁際の席を探すのも、最初に頼む酒も食い物も、
最後の一つは、じらすようにしばらく二人とも放置するくせに、
まるで早撃ちのように奪い合って食べるのも、
ファリスに勝てた試しがないことも、なにもかも、

俺とあいつは最後になるかもしれない夜だってのに、何も変らなかった。


程よく冷えた外の空気に包まれながら歩く、柔らかな草を踏む2人分の足音が、耳に心地よく響いた。
夜空に広がる星はとりわけ綺麗というわけでもないのに、俺は「星がきれいだ」とか、
どうでもいい事をあいつの後姿に放った。

「そうか?」

上を見上げたファリスの髪が、さららと揺れる。

「いつも通りだ」

そのまんま伸びをした、彼女の伸ばされた長い両腕が月明かりのせいか白く見える。

「そもそも」
不意に振り向いたファリスに、慌てて俺は、いつも通りな顔をしてみせる。

「星なんて方角と時間見るのにしか使った事ねーから、わかんねーよ、綺麗とか」
「そうなのか」
「ああ、でも、ホシがキレイって誰かから初めて聞いた時は…」

横に並んだファリスの表情が優しくほどける。
「いいこと言うなって、思ったけどな」

自分の心をいまいち掴みとれないような迷いのある顔で、
未だなにか言葉を探すファリスに、ああ、解るよ、と、
ただ素直に答えて、俺はあえてファリスから目を逸らして星を見上げた。


普通に交わされる会話、なのにただ、ひたすら、すべてが優しく柔らかで、
大切で、失くしたくなくて、でもそれに必死に気づかないフリをした。


気づいたら消えてしまう、魔法の中にでも居るみたいに。

一体今まで何度こうやって、色んな場所で町で、
程よく酒の入った体を冷やしながらファリスと歩いただろう。
確実に少しずつ短くなっていく宿までの道のり。

宿に着けば各自の部屋で休んで、次の日になれば、
俺は、あの戦いに身を投じる前と何も変らない生活をまた再開させるだけで。

ファリスは今までとは全く違う生活を、始めることになる。

そうなった時、くだらない事で笑うこの肩がこんな風に、
ふざけて叩けるくらい近くに在るだろうか。
ふと浮かんだ事に、つい、ファリスを見つめたまま言葉を途切れさせる。

気づけば、宿は見えるところにまで迫っていた。

俺が黙りこむと、ファリスの声も程なく止んだ。
不審な顔でファリスがこちらを見上げる事は無かった。
前を見たまんま、歩みの速度を緩めた彼女の横顔は、何かを隠すように無表情。

だいたい、自分の気持ちにさえずっと無頓着で、伝えようなどと思うはずもなくて、
ファリスの気持ちを探ろうなんてすこしも思わなかった。
心のどこかにある形のない確信が心地よくて、このままで良いと思っていた。


ずっと、このままで居られる訳など無いのに。


そっとこちらに目を向けたファリスが、何か言いたげに唇をかみしめた。
当たり前だった時間が今はひどく儚い、それを掌に確かめるように、
伸ばした手に触れたファリスの頬が、暖かかった。

一つも言葉の浮かばない自分に弱って浮かべた苦笑いに、ファリスは気まずさを隠したような不機嫌顔。

目を逸らされそうになった、その視線を覗き込むように引寄せて、唇を触れ合わせた。


再び見た顔は、相変わらず不機嫌そうだったけれど、かまわずファリスの頭を引寄せる。 
されるがまま立ち尽くしていたファリスが、俺の背のマントに小さくしがみついた。

空を見上げた。
星が、さっきよりもくっきりと明るく見える気がする。


「星が、ホントに綺麗だ」

頬に当たっていたファリスの髪がふわりと動いて空を仰ぐ。
見上げた星空に何の感想も言わないまま、ただぼんやりと、
ファリスは空を見つめ続けた。


「どうだ?」

返事はない。少し苦笑いを浮かべて、星を見るファリスの髪をなぜた。


「お前が好きだった」

返事はなかったけれど、ファリスの目線が星から俺に移る。


「多分、もうずっと前から」

何故だか解らないけれど、悲しいわけでもないのに、
泣きたい気分になどなったのは久しぶりだった。
誤魔化すように微笑んで、目をすこし大きく見開いた彼女の頬に触れる。

「俺は、お前が好きだった」

落ち着きを取り戻した顔で、ファリスが少し目をふせた。

「んな事、知ってる」
「…何だよその返答」

拍子抜けな反応に、思わず吹き出した。湿っぽい気持ちが薄まって、胸の奥に沈む、


「だから、わざわざ言うな」

泣き出すのではないかと思う位に弱々しく、ファリスの表情が歪んで、
俺を拒むように拳で軽く胸を押される。


寂しさを振り切るようにその手を掴んで再び引寄せた俺を、
ファリスはさほど強い力で拒みはしなかったから、
がたが外れたように、自分の中に渦巻くおぼろげだった想いが強くなる。

今度は、さっきよりも、もっともっと強く、深く、口付ける。
戸惑うようなファリスの声が、時折、喉を震わせて小さく甘く響いた。


「この・・馬鹿」

吐息と一緒に、唇が離れて早々、ファリスが呟いた言葉ごと、
思い切り抱きしめて目を閉じた。


このぬくもりを失くすなんて、思い浮かべるだけで、
怖くて仕方がなかったけれど、それでも、

俺の腕の中、立ち尽くすファリスは真っ直ぐで強くて、
彼女の見据える未来が変わる事はきっと無い。


その未来に添う事も出来そうにない自分が心底悲しかった。



目を開けてもう一度見た星は、少しぼやけて、優しい輪郭で光っていた。




明るいエロを書くんだ!!といきごんで書く。
暗いしエロくない。 もう嫌。 

続き(エロ)書けたら書きたいです。書けたら。かけたら。

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