あたたかな雫20090223



意識が戻ったばかりの働かない頭が、腹のあたりに走った鈍痛で、
少しはっきりした。

言葉にならない小さな、疑問を含んだ自分のうめき声が、薄暗い部屋に響く。
夕方なのか明け方なのか、判断しようとあたりの気配をうかがったら、
人が居る空気を感じて、はっとして首だけをそちらに向けた。

長い髪と、まっすぐな姿勢。その姿に、俺の気持ちは無条件に少し緩む。
名を呼ぼうとしたら、俺より先にファリスは口を開いた。

「馬鹿な奴」

ひどく不機嫌な、低い声だった。言われた言葉がすぐに入ってこない。
ようやく意味を知って、眉をひそめながら、だんだんとしっかり戻ってきた意識を辿った。

気が途切れる前に見たファリスの驚いて乱れた顔、怒鳴り声、
日常を超えた傷の熱さと、深い痛み。

思い出して、ファリスの言葉の理由を知った。

「これじゃ、かっこつかねーな・・・」

久々に出した声が、掠れがちでうまく出なかった。
声の振動が傷に響いて少し痛んだ。

「礼なんて言わねぇからな」

苦笑いがこみ上げる。
ファリスの物言いは、あまりにこいつらしい。


「誰が、庇えなんて言った?」

暗くて、ファリスの表情は見えなくても、どんな顔をしているか、
手に取るように解る、険しくて弱い声色。 


「言われてない」
答えて、目をそっと閉じる。

「人に言われたって、庇えるもんか。 無意識だ」

ファリスが動いた気配がしたけれど、瞳を閉じたまま、
俺はそっと笑った。

「勝手に動いちまったもん、仕方な・・」

言葉を止めて思わず目を、開ける。首元がふわりと暖かかった。
頬にあたったファリスの髪の感触と、香りに、心臓が大きく脈打った。

手を添えもせず、ただ俺の胸に頭を乗せたファリスの重みを受けながら、
空気の動きでファリスが、声もなく、泣いている事に気が付く。

手を動かすとさらに大きく傷が痛んだ。思った以上に深手だったのかもしれない、
どうだってよかった、痛みにかまわず、俺に乗っかったあまりに暖かい存在に、
やっとの思いで触れて、髪をなぜた。

「お前、死ぬとこだったんだぞ」

ゆるゆると、ゆらめいたファリスの涙声が、子供のようだった。
思うようにうごかない自分の腕が、体が、もどかしくて仕方が無かった。

思い切り抱きしめたくても、髪を触る手を強めるので精一杯だ。

「悪かったよ」

俺の声に顔を上げたファリスは、目を涙で光らせながらも不機嫌そうだ。

「本当に馬鹿だな、何謝ってんだよ」
「・・・じゃ、どうしろっていうんだよ」

つい口から出たのは柔らかくない言葉、けれど、
穏やかな気持ちに笑みが自然と浮かんだ。
ファリスが、顔を歪める、どこか笑ったようにも見えたけれど、
目からこぼれた雫が、薄闇のなか、光った。

掌を、ファリスの頬に移して、涙を拭う、にらんだまんまの目に触れる。
目を伏せてうつむいたファリスとの距離が近くなって、
もっと触れたくなって胸が息苦しくなった。

ファリスを引き寄せようにも、手が思うところにうまく動かせない、
身を起こそうと、少し力を苦しそうに入れたら、腹に痛みが走った。

「何やってんだよ、動くな」
「・・・馬鹿だって、言いたいんだろ」

顔を上げて怒った声を出したファリスが言いたげな言葉を、
自分で言って、また苦笑いをした。

ファリスの顔色から怒りが引く。暗いなか、ぼんやり見えるファリスの顔。
じっと俺を見つめる目には取繕いがない。ただ素直に見えて、
なんだか稀なものを見ている気がして、こっちも目が離せない。

意味もなく、名を呼ぼうとしたら、目の前に不意な影が出来た。

あまりに小さな触れ合うだけの口付け。

初めて当たったファリスの唇の感触は、あっという間でよく解らなかったけれど、
俺は表情の自由をしばし奪われたように、硬直する。

「お前は、じっとしてろ」
「ファリ・・」

ぎゅうっと服を掴まれて、甘く胸が締め上げられた、
けど、すぐにそれが、俺をベットに押さえつける行為だとわかる。

「頼むから、もうこれ以上・・」

見上げたファリスの顔が、苦しそうに歪む。

不安定に顔つきの変わる彼女のなかの不安感が伝わってくる。
その原因は、まぎれもなく自分。なのに、

どんなに否定したって、反省したって、

その事でファリスが苦しむということが、嬉しくて幸せだと思う気持ちは、
紛れも無い事実として、俺の心を、体を、満たして暖かくした。


「わるい・・」


詫びの意味は、きっとファリスに正しく伝わらない。
それを説明する気力も、必要も、無いように思えて、
俺はただ、この暖かい空気を自分のなかに閉じ込めるように、


そっと再び目を閉じた。


次に目覚めた時には、手からすり抜けて居るであろう、
ファリスの温もりを掌に感じながら。




可愛いディシディアバッツの出現に心揺れつつ書いたので、
キャラ安定してないかなって思ったけど、
幸いバッツ怪我してて弱ってるからうやむやになった。
うまく逃げ切った。


帰る