口説き文句(前半)




「随分とまぁ、ご熱心な事で」

しっとりと重い空気を放つ壁紙に、頑丈そうでいて繊細さをかね揃えた家具。
それらが作り出す高級感の漂う部屋に、俺の軽口が響いた。

振り返ったレナの顔には、たしなめるような目をした微笑が浮かんでいた。

「こういうもの、勝手に読むものじゃないわよ」

以前に見ていた様子と同じ筈のレナの歩き方は、あの頃よりも裾の長いドレスのせいか、
優雅にみえた。そんな様子で俺の前に立ちはだかると、
彼女へのプレゼントであろう、豪華な花植えについていたメッセージカードを、
さっと抜き取ってしまった。

読んでいたカードを奪われても、さほど名残惜しい気持ちはない。
けれど、そんなレナの様子に意外さを感じて、彼女の顔を見る。

「そいつ、そんなに大事な奴なのか?」

カードに書かれていた文章は、心がこもっているようには思えない、
ありきたりな、他の誰かにもあてはまりそうな褒め言葉。
とってつけたように綺麗な詩で、レナの美しさと、
自分のレナへの想いをたたえた、
やたらきらびやかな薄っぺらい内容に思えた。

「そんな風に見える?」

くすくすと笑って聞き返されて、俺は素直に、自分の感想を述べた。

「見えない」
「そうね」

持っているカードをひらひらと、無造作に揺らしながら、
レナが微笑んだ。

「私は構わないけど、相手の方に悪いでしょう? 一応、ラブレターよ?」

少し皮肉が混じっているような笑顔で、レナが首をかしげて言ってみせた。
俺はなるほどといわんばかりにそんな笑顔に少し笑い返して、
再び、豪華に素晴らしいバランスで植えられた花達に目をむける。

「もてるんだな」

「そんな事ないわ、皇女なんかやってると、普通の事なの」

「へぇ・・」

ふと、俺の中に疑問が浮かぶ。無意識のうちにレナに目をやって、
でも、なぁにと言いたげなレナの顔から、何事も無かったように、
目を逸らしてしまった。

「勿論、姉さんにだって、こんな贈り物はしょっちゅうよ」

「・・・別に、聞いてねぇんだけど」

「そう? 余計な事言ってごめんなさい」

謝りながら、可笑しそうに笑うレナをチラリと一瞥して、
再び、目のやり場を探すように、もう見飽きた花を見つめる。

「バカな男だよな。あいつにこんなモン送ったって喜ぶもんか」

「確かに、喜んでなかったわ」

答え合わせのように、俺の予想の後に、レナが結果を付け加えた。

「キレイだの何だの、あんな手紙あいつに通用するもんか」

「そうかしら」


調子を良くした俺の予想に、意外なレナの回答。


レナの顔を思わず怪訝そうな顔で凝視する。
そんな俺を包み込むような、レナの柔らかい表情。

「キレイだって、言われて嬉しくない女は居ないと思うわ」

レナの声が、とてもキレイに部屋に響いた。

俺の頭は自動的に、ファリスの事を考える。
いま、あいつは面会中で、ここには居なかった。

折角来たんだから、姉さんにも会って行ってと、
面会が終わるまで待っていればいいと、
レナにこそり部屋に入れてもらって、今、俺はここでこうして、
部屋を物色しすぎて、レナにたしなめられた訳で。


「あいつの面会の相手ってさ、どういう人?」

俺の問いに、レナの表情は、相変わらず柔らかいまま、でも、
少しどう言おうか迷うように、目線を泳がせた。

「一応、目的は、求婚の申し出のようなものかしら」

「へぇ〜、あいつにねー・・」

なんでもない風に、今度は窓の外に目線のやり場を移す。
目に映った綺麗な青空と雲のコントラストが鮮やかだった。

「平気よ、こういう事も、形式みたいにね、しょっちゅうなの」

「平気って、何がだよ」

笑った俺に、レナも、少し困ったように笑った。

本当に、何でも無い事だと思った。
王室にはよくある事なのだろうと、俺にも理解できた。

出来ているのに、何故だか、妙に騒ぐ頭がバカらしくて、
俺は何だかあいつにまで腹がたってくる。


会わずに帰ってやろうか、なんて、そんな事を考えた矢先、
部屋の外がにわかに騒ぐ気配がした。

「一応、隠れて」

小さな声でそう言って、俺をいつもの隠れ場所の開いたクローゼットに
押し込もうとしたら、部屋のノックの音が聞こえる。

レナの返事よりも先にいきなり開けられた部屋のドアに、
俺は思わずヒヤッとしたが、この城内で、そんな風に無礼に、
この部屋に入ってくる人間は一人しか居ない。

「姉さん、お疲れ様」
「あぁ、ホンットに疲れた」

レナのものと、どこかつながりがあるように見えるデザインのドレスに
身を包んだファリスは、前に会った時よりも、
上手くその雰囲気に馴染んでいるように思えた。
結い上げた髪や化粧が、元々整ったファリスの顔を益々綺麗にみせて。

でもその様子は、まるで、さっき読んだレナのラブレターのように、
やたら綺麗すぎて実感がわかない、妙な美しさ。
そんな目の前の女は、俺の知ってるファリスを遠く思わせる、

そう思ったのは、ほんの少しの時間。

腰に両手をあててニヤつきながら、こちらに歩いて来たファリスの様子は、
以前よりも長い裾のドレスでも、とても優雅にはみえない。

「見とれてんだろ?」

「はぁ!?」

不意打ちのファリスの言葉に思い切りそう言い返す。

「誰がお前なんかに見とれるか!」

「・・バッツ」

レナの小さく俺をしかるような口調の呼びかけに、
我に帰って、ファリスの様子を伺ったが、
俺が心配しているようなファリスの態度の変調はみられない。

「冗談だよ」

どうでも良さそうにそう言って、ファリスは抜けるように笑った。

再会の挨拶代わりのような笑顔に、一瞬、
俺の表情はうまく動かなかったけれど、

しっかりと、心から、ファリスに笑顔を返す。


「あーあ、お前の呑気な顔見てたら、脱いじまいたくなってきた、こんなもん」

ドレスをひらりと、まるでお姫様の真似でもするように掴みあげて、
ファリスが顔をしかめる。

「いいわよ」

ため息交じりのレナの声、でも浮かんだ表情は穏やかだった。

「気分転換に外に出てみたら?今日は護衛も居る事だし、安心だわ」

俺をチラリと見つめて、レナが笑った。

「なんだよ、折角久しぶりに3人集まったんだぜ?
こんな日に外に出る事ぁねぇだろ?」

ファリスは慌ててそう言って、つまみあげたドレスを離して整えた。

「明日帰っちゃうわけじゃないんでしょう?」

「ああ、もう少し、居るつもりだけど」

「なら、今日は姉さんについて行ってあげて」

罪悪感を感じているような目で自分を覗き込むファリスに、
レナはいたずらっぽく微笑んだ。

「じゃあ、明日は私、姉さんに外出代わってもらおうかしら」

「へ!?」

すこし驚いた顔のまま、ファリスは俺に振り返った。

「お前、ちゃんと守ってやれるんだろうな?レナは俺と違って顔が知れて・・」

「冗談よ、姉さん」

再び自分に視線を注ぐファリスの事は気にせずに、
レナはクローゼットを開けて、中の布たちをかき分けて、
何かを探した。

色とりどりの服の隙間から引っ張り出した、
他の服とはまるで違う雰囲気の服。

「はい」

どうやら、便宜上、レナの部屋にもファリスは外出用の服を隠しているらしい。
妙に関心しながら二人のやり取りを見守った。

「明日、今日のお散歩の話、聞かせてね」

レナの笑顔に成すすべを失って、ファリスは、つられるように遠慮がちに笑った。


そんな二人の後ろに見える、窓枠の中の空は、ただ、気持ち良さそうに輝く。

ファリスの気持ちが見えるにも関わらず、俺の心は、
空につられるように、のびのびと浮かれた。


「悪い・・」


俺の呟きにレナが軽く微笑んだけれど、この俺の詫びの言葉は、
レナに対するものなのか、ファリスに対するものなのか、

よくわからないまま、曖昧に微笑む。





後半の、自己主張せず、姉妹の流れにボーっと流される、
そんなバッツがたいへん原作バッツっぽく思え、
気に入っております(そんな所気に入るな)

次回は「バツファリラブラブデェト編」!(誇大宣伝予告)

 
 

小説部屋に帰る