口説き文句(後半)





城のしっとりとした空気とはうって代わった、
街の、がやがやと生活の音で満たされた空気を吸い込んで、
大きく息を吐いたら、何かに開放されたようで気持ちが良かった。

少し前を、俺と同じく気持ち良さそうな足取りで歩くファリス。

「なぁ」

不意に振りむいて、俺の横にファリスが並ぶ。

「レナさ、たまには外に出たいんじゃないかな」

真面目な顔で、俺にそんな相談をする。
とっさには返答が思いつかず、少し考える。

「レナはお前と違って生まれた時から城に住んでるんだろ?」

俺の話を、真面目に黙って聞くファリスが新鮮に映る。

「お前程、窮屈な思いはしてないんじゃねぇの?」

「・・そっかな」

悩みがちで、少しよわい、ファリスの横顔は、完璧にレナにむけられたもの。
でも、きっと、俺には見せてもレナには見せないもの。

なら、この横顔は一体誰のものだろう。
つかみ所の無い俺の思考は、ファリスの驚きの声でかき消された。

ファリスの視線をたどった先には、街の素朴な雰囲気にはとうてい似合わない、
そんな空気を放つ一角があった。

どこかの貴族なのだろうか、街の露店を興味本位で覗いているが、
周りの護衛っぷりが、他の客の足を遠のかせて、
周りに空間が出来ている。

遠巻きの人だかりの中で、日焼けのうすい、きっちりと切りそろえられた髪の、
豪華な服を着た男が、面白そうに露店の果物を見ていた。
後ろには、それぞれ豪華な装飾をした荷物を持った人々が並び、
横には護衛が2、3人、弱った顔で、
彼に早くここから立ち去るように促しているようだった。

「なんだありゃ」

「さっきの奴だ」

ファリスの返事の意味が一瞬解らず、顔を覗き込んだが、
すぐに俺はその意味を思いつく。

「さっきって、面会の相手かよ!」

「ああ」

ヤバイと、焦った俺の心とは裏腹に、ファリスの顔に浮かんでいるのは、
いたずらを企む子供のような、不穏な笑顔。

「なに笑ってんだよ、見つからないうちに・・」

言いかけた俺は、あまりのファリスの突然の行動に、つい、
言葉を失った。

「ファリス!?」

真っ直ぐに、すこし人だかりの出来た露店に進んでいった彼女の背中に、
1テンポ遅れて叫ぶ。

ファリスが足を止める事はなく、振り向きさえしない。
背中に流れる深い紫色の髪が、日の光を受けて光って揺れた。

ぱらぱらとした人だかりをすり抜けて、男の周りの護衛もすりぬける。
驚いた護衛が、ファリスの腕を掴んで何か言っているようだった。
会話の内容は聞こえないけれど、その後、しぶしぶ腕を離しながらも、
警戒をしている護衛を無視して、露店に並んだ林檎を一つ、
店の店主に差し出した。


貴族男が、少し驚いた顔で、そんなファリスをじっと見ていた。
林檎の代金を店主に払って、手に入れた林檎を一口かじって。


ひんやりと背中を冷やす汗、嫌な心拍数の俺とはまるで違う様子で、
何事もなかったように、ファリスはこちらに戻ってくる。

まるで動けずに、俺はファリスを凝視していた。

「おまえ、ビビリ過ぎ」

可笑しそうに俺を笑うファリスの声で、我に帰って、
あわてて貴族の男の様子を確認しながらファリスの腕を掴んで、
人ごみの中に逃げてしまおうとした。

男は、ファリスの行動に影響されたのか、自分も林檎を買おうとして、
護衛に止められていた。

彼の様子にあっけにとられている俺の手から抜け出して、
ファリスはさっさと先に歩いて行く。


慌てて追いかけた俺を振り返ると、じつに彼女らしく、
ファリスは笑った。






「ったく、危なっかしい事すんなよ」

街を出て、人気の無いあぜ道を楽しそうに歩くファリスに文句を言って、
俺はため息をついた。

「さんざん歯の浮くよーな事言っといて、ちょっと恰好変えりゃ気付きもしない
んだぜ」

前を歩く背中がリズミカルに揺れた、笑っているのだろうか。

「笑っちまうだろ?」

ゆっくりとした足取りで進みながらファリスが振り返った。
前髪で隠れがちな、とっつきにくい位綺麗な目が、
無邪気に解放的に、のびのびと笑っている。
マフラーに隠れた体に、男物の衣服、どう見たって、

今のファリスはさっきの女とは別人だった。


『そうかしら』

さっきのレナの言葉をぼんやり思い起こす。


『言われて、嬉しくない女は居ないと思うわ』


「キレイだよ」


言った俺を見るファリスの顔が、一瞬動きを止める。

「へ?」

軽く眉間にしわをよせて、ファリスは首をかしげた。

「だから…」

そんな反応に途端に気まずさが湧いてきて、
俺はもう一度言い直そうとした言葉を、
もう、言う勢いを無くしてしまった。

「あー、もういい」

「キレイって、俺が?」

さっさと話を終わらせてしまいたかった、もう無かった事にしてしまいたかった。
そんな俺の気恥ずかしい思いとは裏腹に、
ご丁寧にもファリスは俺のさっきの一言を分析しようとする。

気まずさをごまかすように、嫌な顔で、ファリスを見た。

何の混じり気もない顔で見つめ返されて、ますます、気まずさが増す。

「…そーだよ、お前が!」

やけくそのように、恥ずかしさを降りほどくように言い捨てて、
立ち止まっているファリスの横を通り過ぎて追い抜いてしまう。
背後で、ファリスが後に付いてくる気配を感じ、
俺は振り返らずに先を急いだ。

振り返らずに、でも、本当は、振り返りたい好奇心が湧いた。

ファリスがどんな顔をしているのか、見たくて仕方がない。
それをさせないでいるのは、意地だろうか、不安だろうか。


「なんだよそれ、あいつみてぇ」

「なっ・・! あいつと一緒にすんな!」


思わず反射的に振り返ったら、ファリスは、
きょとんとこっちを見つめ返していた。ただ、純粋に。


一度すべりはじめた勢いに、そのまんま、乗ってしまおうか。
さっきまで必死にその勢いを妨げていた俺の羞恥心は、
ある一定のラインを超えたら、途端に薄れてしまったような感覚。


「あいつの言ったキレイと、一緒にするなよ、俺は・・」

体中に響く自分の声が、妙にとおく聞こえた。
何を、どう言えばいいか解らない。自分の口下手さをもどかしく思う。
呆れて、一つ、自分に向けてため息をついた。

そんな俺をいぶかしげに見つめる彼女を改めて眺める。

どんなに、環境にもみくちゃにされても、
あの頃と変わらないファリスは、力強くひたむきだた。


「その格好がいいよ、一番」


何を言えばいいか解らなくて、思った事をただそのまんま伝えて、
ファリスにすこし微笑んだ。


「行こうぜ」

ファリスに背を向けて再び歩き出した俺は、
不完全に終わった格好のつかない台詞に苦笑いをうかべながらも、
いやにスッキリした気分だった。



「おかしな趣味だな」

ファリスの、どこか皮肉を含んでいるように思える呟き。

「悪かったな」

苦笑いを引きずりながら覗き込んだファリスの目は、
するりと俺の視線から反れてしまった。

意外だった。
気まずそうな、照れくさそうな彼女の表情。


明らかに失敗に終わった、俺の思いつきの勢いだけの作戦に、
あっさり打撃を受けているファリスに、思わず、
俺は驚きを隠せなかった。

「なんだよ」

睨みつけられて、俺も思わず目を逸らす。

「いや・・」


ここが絶好の、再びあの言葉を使うタイミングかもしれない。


さっきは、儚く飛び散った短い口説き文句を頭に浮かべて、俺は、
もう一度あの勢いが生まれる事を願いつつ、


逸らした目をまっすぐに、ファリスに合わせた。





何ってない、ぬるいノリのバツファリが好きです。
でも私書くとマジでだから何?
みたいな感じになるのでいけません。なんだこれ・・



 
 


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