誓い

             
                      


頭の中の、ゴチャゴチャした感情全てを
言葉にしてしまえるなんて到底思えないし
したいとも思わない


そんな時、世間の風習は、便利だと思った



「ほら」
下から三分の一程酒の入った大瓶を、
ファリスはこちらに突きつけた。
さっきから空っぽになったっきりの
俺のグラスを出せと言っているのだろう。
こいつが尺をしてくれるなんて、
生きていて一度あるか無いかの珍しい出来事だ。

しかしながら、そんな色気付いた気持ちが
ファリスにはさらさら無い事が、
不審そうに、彼女の眉間に寄った皺から解る。

「サンきゅ」
目の前のグラスに注がれる液体を見つめる。
いつもなら反射的に喉の奥から湧き出る食欲が、
不思議と感じられない。
酒には悪いが、今日はお前と遊んでる余裕は無いんだ。

「どうした?」
酒瓶をテーブルに置いて、ファリスが遂に不信感を口にした。

「何が?」
「今日は飲まねぇな」

ファリスの言葉に、わざとらしく
グラスに入った酒を一気に飲み干す。
「そうか?」

挑戦的な俺の態度に、珍しく乗ってくる事無く、
引き続き怪しげに、ファリスは俺を見つめ続けている。

「しかも、ニヤニヤして気色悪ぃし」
「気のせいだろ」
「何、企んでやがる?」

肘を突いて、手の甲にアゴを乗せて、
ファリスが少し身を乗り出す。
裏の裏にある小さな意識さえも見抜かれそうで、
会ったばかりの時は圧倒されたファリスの視線が、
ひときわ鋭く突き刺さる。

どんなに強い視線だろうと、今は怖い物じゃ無い。
見抜かれて大して困るモンなど、そう残っていない。



世間一般人の手法を取っても、
世間一般人が望む物が欲しい訳じゃ無いんだ。



零れそうになるニヤつきを押し殺して、真面目な顔で、
目の前の女を見つめる。

ファリスは、そんな俺の様子に何故だか困ったように黙り込んだ。             
さっきまでの表情とは打って変わったその顔が、
ちょっと珍しくて、健気で、何だか嬉しい。

一応考えていた短い台詞の候補達を使う気には、
何故かならない。
無言で、俺は握り締めていた金属の輪を、
人差し指と親指でつまんで、自分の目の前に差し出した。

小さな輪の中でファリスは相変わらず黙ったまま、
意外そうに、不思議そうに、目を見開いた。

アゴを乗せていた彼女の手首を引っ張って、
すかさずその輪を薬指に嵌めてやった。

大きめに開いていた目をさらに大きくして、
ファリスはすぐ開放された自分の手を見つめている。
”意味を分ってもらえない”という、
最悪の予測は、幸い外れてくれたようだ。

「やるよ」
一言、そう言って、俺はテーブルに置かれた酒瓶から、
自分のグラスに酒を注いだ。


永遠の誓いを求めてる訳じゃない。
その指輪で、ファリスを自分の傍に、縛りつけたい訳じゃない。


「土産か?」
ようやくいつもと同じ顔に戻ったように見えるファリスが、
ぽつりと言った。

「本気で土産だと思ってるのか?」
「当たり前だ。普通はそう考えるだろ」
「お前、自分の事を普通の女だと思ってんのか?」

俺が何を言いたいのか解らないといった様子で、
ファリスは再び、眉間に皺を寄せた。

「俺は、お前にそんな土産やる程気の利かない男じゃない」
生じた照れくささをかき消すように、もう一度、
グラスの酒を一気飲みして、ファリスの顔を正面から見据える。
指に嵌められた指輪を見るように、
ファリスに視線を下に逸らされてしまった。

「要するに、土産か?」
「・・いいかげんに、しらばっくれるの止めろよ」
「ちゃんと言え」

久々に絡み合った視線。
さっきとは全く違う類の視線だが、それは、刺すように鋭い。
怖くは無いが、こっちの視線の方が苦手だ。

「言ったら、貰ってやってもいい」
俺の顔を真っ直ぐ見つめて、ファリスが微笑んだ。

照れくさいのを包み隠すかのような、不自然な不敵の笑顔。
いびつなその表情。
こんな顔が出来る女なんて、きっとどこを探したって
居ないんじゃないだろうか。

ただ、今目の前にあるモノが愛しくて。
それだけしか考えられない。それだけでいい。

一緒に居る理由を作る為に、そんな輪っかを渡したんじゃない。
ただ欲しかったのは、今、目の前にある、その表情。




ありきたりな言葉を並べたら、ファリスはもっと笑うのだろうか。
だったら言ってみようか。

さっきまで考えていた、短い台詞を並べてみようか。




この二人、結婚とか、そんな事しなさそう
(バツファリストにあるまじき発言)

 
 


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