リップフレイバー





「バカ!普通に前から入って来んな! 裏に回れよ!」
              
細かい彫刻や飾りの施された家具は勿論、
特に、これといった装飾品の付いていない床や壁だけを見ても、
それがかなり高価な物だと分かる。
              
 一般市民のバッツにとっては、いつも少し緊張する
部屋であるのだが、その緊張も、ファリスの相変わらずの
態度を前に、薄れてしまった。

さっきまでの彼女は、ファリスの姿だけを借りた、
口数の少ない、不自然な程穏やかな笑顔で、
静々とした歩き方をする怪しい女であった。
今、目の前で文句を喚いている女を知っているからこそ
怪しく見えただけなのかもしれないが。

部屋のドアが閉まり、鍵を掛け、10秒程経って、外の気配が消えた途端、
怪しい女はベッドにドカリと座ると履いていたパンプスを床に放り投げ、
バッツに悪態を付き始めた。
              
「何笑ってんだお前は。笑うトコじゃねぇぞ」
悪態をつかれながらも、つい笑みを浮かべるバッツに、
ファリスは気色わるそうな表情を向けた。

「いやー良かった。お前、変な病気にでもかかったのかと思った」
「お前が気利かせねーで正面から入って来るからだろ」
バッツの言葉の意味を理解して、眉を顰めてファリスが言葉を返す。
どんなに親しかった友人であっても、城の役席を通せば客人とみなされ、
その結果、お堅い面会形式が取られてしまった。
レナの言葉もあって、ゆっくり部屋で話す許可が下りたから良かったが。
              
「久しぶりだな」
ベットの上であぐらをかいているファリスの横に腰掛けながら、
お決まりの言葉をバッツがかけた。

彼等に課せられた使命を果たし、世界に平和が訪れてから             
初めての対面。
期間にすれば約1ヶ月ぶり位だろうか。

「寂しかったか?」
「全然。すっかり忘れてたよ、お前の事なんか」
ニヤニヤしながらのバッツの問いに、同じくニヤニヤしながら
ファリスが答えた。 
              
「そうか、そりゃ良かった」
可愛い気の無いファリスの返事に負けない、バッツのそっけない返事。
涼しげな笑顔を浮かべる彼の頬を両手で掴むと、乱暴に自分の方に向かせ、
ファリスが顔を覗き込んだ。

無造作に伸ばされていた顔周りの髪は、ある程度の長さは残して切り揃えられ、
後ろの髪はすっきりと一つに束ねられ、派手では無いがそこそこ
しっかりと化粧を施された、ガラリと雰囲気の変わった彼女の顔。

しかし、浮かべられた笑顔は、全く変わっていない。
到底、王室には相応しく無い、邪念を含んでいるようで、無邪気にも
見える、相変わらず不思議な笑顔。

「可愛くねぇ男だな。」
「お前に言われたか・・」
 
バッツの言葉が終るのを待たずに、押し付けるようにファリスが唇を
重ねた。高そうな化粧品の香味を感じながら、ベッドに付いていた腕を
ファリスの背中に回すと、彼女の顔が離れる。
 
以外に呆気なく離れたファリスの唇に塗られていた口紅が、
すっかりよれて、真ん中になる程に色が失われている。
「やべぇ、口紅とれてるぞ」
「だろうな。お前に付いてる」
当たり前の事柄をバッツに伝えると、頬に置いていた手を後ろに回し、
ファリスが再び顔を近づける。
慌ててバッツが身を仰け反らせて、彼女の顔から距離を保った。
     
「ちょっ・・! 待てよ、取れてたら怪しいだろ?」
「うるせぇな、細かい事気にすんなよ」

 イラついた様子でこちらを見るファリスに、バッツから、
溜め息と呆れ笑いが漏れた。
              
「知らねぇぞ」
呟いて、不機嫌そうなファリスの顔を引き寄せ、口付ける。
そのまま、口紅をわざと自分の唇で拭うかのように、
ファリスの唇を包み込む。
              
その、ヤケクソにも取れるバッツの行為に、唇を塞がれたまま、
ファリスが、微かに肩を震わせて笑った。

給仕がお茶でも持って入って来たらどうするつもりだろう。             
口に広がる口紅の味で、バッツには自分の口元がどういう状況に
なっているかが何と無く分かる。
それでも、彼女を拒む訳にはいかなかった。
             
ファリスが、口にする事は無いだろう。
でも、彼女は表現している。言葉以外の手段で。

バッツにとっては、かえってそっちの方が分かり易い。

              
「なぁ、ホントは寂しかったろ?」
ファリスの顔がよく見える位置まで顔を離すと、
意地悪く微笑んで、バッツは、もう一度聞いてみた。
 
その問いの答えは、聞かなくても分かっている。
彼女が、どう答えるかも分かっている。

「忘れてたって言ってんだろ?」


予想通りの、問いの答えとは異なった、彼女の答え。
胸に湧いた感情に任せて、ファリスの両頬を撫ぜた。



「可愛くねぇ奴」
バッツもまた、内心とは異なった感想を口にしながら、
再び、ファリスの顔を引き寄せた。




この文、ホントはエロにするつもりd(強制終了)
でも、コッチの方がしっくりする気がします。

 
 


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