最後の寄り道

       
           
          
     
           
そこは、相変わらずのどかで暖かい雰囲気だった。

人の通路を避けた周辺に植えられている花々は、野生で咲いているようにさり気無く、
素朴な感じを受ける。
特に、これといった工夫はされていないのに、何が雰囲気を柔らかく
しているのだろう。
          
「何時来ても、墓場って気がしねぇな」
少し前を歩くバッツに、素直な感想を投げる。

「そうか?」
バッツにとっては、墓場のイメージがこういった感じなのだろう。
ここで生まれて、あちこち移動していたとしても、
やはり密接に生活したのはこの村だけだろうから。

「ああ、何か明るいんだよな」
バッツに、リックスの墓場の特殊性を分からせる必要は、
さほど無いように思え、違いを適当に説明する。

「おかしいか?」
目的の墓の前で立ち止まり、俺の方に顔を向けて、バッツが尋ねた。

「いや。 それに、俺は嫌いじゃない」
またもや、素直な感想をバッツに返した。

「俺も、この場所嫌いじゃない」
安心したようなバッツの笑顔が、妙にガキ臭くておかしかった。
          
墓の前にかがんで、さっき買った小さな花束を置いているバッツの
隣りに、俺も同じようにしゃがみ込む。
墓の上に乗っていた数枚の落ち葉を、手で払いのけた。

小さく、深呼吸するように、バッツが息を付いた。
ちらりと、横顔を見る。
真っ直ぐに前に向けられた目は穏やかで、張り詰めた様子は無い。
しかし、ふざけた様子も無い真面目な顔つきが、いやに新鮮だった。
もう、会う事は出来ない両親に向かって、どんな事を語りかけているのだろうか。
          
          
「俺があんまり男前だから、見とれてんのか?」
前を向いたままで、不意にバッツが言った。
いきなりで、自分に向けられた言葉だとスムーズに理解出来ず、
妙な時間の間が空く。

「誰が見とれるか!」
思わず立ち上がり、過敏な反応を示してしまった自分に、後悔が押し寄せる。
これ位の冗談で冷静さを失うなんて、どうかしてる。         
                                 
普通なら、バッツを残してさっさと先に帰ってやる所だが、
今日は、そうしたくは無かった。
こっちを見てニヤつくバッツを、とりあえず一睨みする。
もう一度しゃがむのがアホらしく思えて、立ったまま、辺りの花を眺めた。
          
「もういいのか?」
程なく、俺に続いて立ち上がったバッツに声をかける。
「ああ、サンキュ」

「ちょっと待てよ、ファリス」
短い返事を聞いて、元来た方向へ足を進めようとしていた俺を、
バッツが呼び止めた。

「こっち」
振り向いた俺に笑顔を向け、バッツが帰路とは反対方向を、顔で示した。
「近道でもあんのか?」
「違う、ちょっと寄り道していいか?」
俺の返事を聞かぬまま、どんどんバッツはそちらに足を進めた。

「いいか?って、もう行ってるじゃねぇか」
呆れたような振りをしてそう呟き、後に続く。

内心では寄り道なんて大歓迎だった。
         
もう今日が最後だろう。こんな風に過ごせるのは。
明日になれば、俺の周りはすっかり変わってしまう。
当たり前にあった自由も、こいつも、消えてしまう。
            
タイクーン城に帰るのが悲しい訳ではない。
周りの言うがままに、城に閉じこもっている気も無いが。
心に出来る空白は、すぐに何らかの変わりのモノで埋められるだろう。
自分の国への愛情だって、少なからずある、レナの傍にも付いていてやりたい。
こいつにだって、二度と会えない訳じゃあるまいし。

でも今は、一秒でも長く、この時間が続いて欲しかった。
      
バッツの後について、他人の墓の間を通り抜け、林に入り、
どんどん奥に進むと、突然、視界が開けた。

「あれ? もっと広いかと思ってたけどな」
バッツの声を聞きながら、目の前の景色を眺めた。
途切れた林の向こう側には、一つの部屋程の広さの平地が有り、
その下に、リックスの村が、まるで小さな模型のように広がっていた。
          
「ガキの時に見つけたのか?」
「ああ、まだあるかな、と思ってさ。 中々良い眺めだろ?」
                
バッツは草の上に腰を下ろすと、俺の方を見上げた。
その視線の促し通り、俺も隣りに腰を下ろす。

頬を撫ぜる風と、手の平に感じる湿った大地が、心地よい。
元の活気を取り戻し、蘇った世界は、やたらと爽快感を感じさせた。
          

2人の間に、沈黙が降りる。 

居心地の悪い感覚は全く無かった。話す事が無い訳では無い。
むしろ、伝えたい事は腐る程ある。
しかし、それを言葉にしてしまおうという気には、
どうしてもなれなかった。       
 
草の上についていた手が、突然暖かいものに包まれた。
自分の手に重ねられているバッツの手に、そっと、指を絡めた。

「・・怒られるかと思った」
ポツリと聞こえたバッツの声に、羞恥心が込み上げる。
「今からでも遅くねぇぞ。 殴り倒してやろうか?」
「いえ、遠慮しときます」

言いながらも、バッツは手の力を緩める気は無さそうだ。
俺も、気まずい思いはあっても、指を解く気にはなれない。  
不機嫌そうに顔を歪めてそっぽを向いてやったが、
繋いだままの手に、自分でも違和感を感じた。
また何か余計な事言ってみろ、ホントに殴り倒してやる。

          
「たまには、会いに行くよ」
唐突なバッツの言葉は、あまりにも説明不足だ。
しかしながら、何の事を言っているのかは分かる。
「ああ」
もっと、言いたい事はあった。でも、うまく言葉にならない。
短く、そう返事する。

「なんたってお姫様だからな。お前、俺だって分かんねぇかもしれないぜ?」
本当に言いたい事は表現出来なくても、くだらない冗談なら、
うまく口から滑り出た。 
 
「バカ言え、お前がそんなに変わるもんか」
笑いを含んだ声で、バッツが返答する。

「そんな事分かるか。毎日城で暮らすんだぜ?」
バッツが、微かに顔をこちらに向けたのが、視界の隅で確認出来た。


「すっかり、世界が変わっちまうな」
出来るだけ、何でも無い言葉のように、あっさりと言う。

俺の言葉は、バッツにどう伝わっただろうか? 
ただの、これからの生活の予測に聞こえただろうか。
それとも、弱音に聞こえてしまっただろうか。

俺は、どうバッツにとって欲しかったのだろう。


「そうだな」
ふい、と、バッツが俺から視線を離した。           

「でも、ファリスは変わるもんか」
握られた手に、力が込められる。
「どこ行ったって、ただ、お前でいればいい」
 
聞きなれたバッツの声が、やけに鮮明に聞こえた気がした。
 
相変わらず、何ておかしな事を言う奴だろう。
海賊生活と王宮生活のギャップを無視して、そのままで居ろって言うのか。

そんなの無茶苦茶だ。でも・・
          
「言われなくたってそうする。 死んでも変わってやるもんか」

震えそうになる声をこらえて、無意識にバッツの手を強く握りしめる。         
悲しいのを無理に我慢していた訳じゃ無い。でも、飲み込んだ喉の奥で、
涙の味がした。
          

「そっか、良かった」
原因不明の涙で潤んでいるかもしれない目を見られる事もお構いなしに、
こちらに微笑んでいるバッツの顔を見つめる。 こいつの笑顔を、
 脳裏に焼き付けるように。

俺も、負けじとばかりに、バッツに微笑み返した。 
こいつの脳裏に、弱った俺の顔を、印象付けたく無い。


ゆっくり俺の手から抜け出したバッツの手が、
俺の頭を、クシャクシャと撫ぜるように引き寄せた。
頬に、バッツの髪が当たる。


きっと、俺は覚えているのだろう。
鼻の奥に感じる涙の匂いも、頭に置かれているバッツの手や、
頬に当たる髪の感触も。
バッツの言葉と一緒に、何度も思い出すに違いない。


          
こいつが会いに来たら、とんでもない程豪華な服を着て、
変装みたいな厚化粧をして出迎えてやろう。

どんな姿でも、俺だと分かる位、変わらない自信がある。
           
             



残念ながら閉鎖してしまわれたみあさんのサイト、「青原。」に、
相互記念のお返しと称して、一方的に送りつけた文。

 
 


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