夕焼けと願い事





「わぁ・・・綺麗」
溜め息混じりの声が、レナの口から漏れた。

町の中央の大きな広場に横たえられた、高さ5、6m程の大きな木。
その枝という枝に、色とりどりの飾りが付けられている。

もう、木の枝に飾りを付ける余白など残って居ないように見えるが、
木に群がって飾り付を行なう町の人々は、そんな事はお構い無しに、
どんどん小さな余白を見つけては、作った飾りをくくり付けていた。

「あれ、全部紙か?」
「そうだよ、ぜーんぶ紙。」
関心したように言ったバッツに、クルルがどこか得意げに答えた。

確かに、様々な色で飾られた木は、その装飾品の材質が紙であるとは
思えない程迫力がある。
               
「みんなで飾りを作って、あの木に付けるの。この時期になると、
この世界ではどこの町でもやるんだよ。 ねぇ、あたし達も飾り作ろう!」
一種の祭りのような物だろうか。クルルは、どこか浮き足立ったように、
嬉しそうな目で俺達を誘う。 
「うん!」
クルルに負けない位楽しそうに、レナが即答した。
この、独特な雰囲気に、レナもふわふわと落ち着きが無さそうだ。

ガラフが居なくなってからも、表面上は元気に見えたクルルだったが、
こんなにまじりっけ無く、純粋に楽しそうな目を見たのは久しぶりの
ように感じる。

「そうだな、俺達もやるか」
伺うように、俺とバッツを見たクルルに笑顔を見せて、そう答える。
出来るだけ、クルルの目の色を壊さないように。

クルルが、嬉しそうに微笑んだ。



 
「珍しいな、お前がこういうのにのるなんてさ」
四角く切られた紙をペラペラとめくり、色を選びながら、
バッツが言った。
                      
「そうか?」
曖昧な返事を返しながら、俺も紙に手を伸ばし、
手に触れた紙を適当につかむ。 
クルルとレナは、早速飾りを一つ作り上げてしまったようだ。
木に集まる人々に混ざってどこに居るのか確認出来ない。

「そうだよ、いつもなら”俺は先に宿に戻ってる”とか言うだろ」
「そんな事ねぇよ。 何だ? 俺がこういうのに乗っちゃ悪いのか?」
さっさとこの話題を終らせる為、少々荒くバッツに言ってやった。
 
「いいや、悪くない」
俺の言葉にムッとした様子も無く、バッツは水色の紙を一枚選ぶと、 
簡単に飾りの作り方の説明が書かれた台紙を見た。
ここでは、常識的な飾りの作り方なのか、バッツ以外の人間は、誰も
作り方に目を通していない。 
               
「クルル、楽しそうだったな」
再び、バッツが口を開く。
               
チラリと、こちらを見たバッツが、意味有り気に微笑んだ。
気付いてるなら、余計な事言わなきゃいいのに。
               
いつもそうだ。この男は突然するどくて、心臓に良くない。

「おい、お前の紙、形おかしいぞ」
バッツに言われて、自分の紙と、バッツの紙を見比べた。
バッツの紙が正方形なのに対して、俺の紙は、ちょうど正方形を
半分に切ったように、縦に長細い。
          
「お前の紙の方がおかしいんじゃないのか?」
隣りに居る少年の持っている紙を盗み見ると、俺のと同じ形をしている。
「そんな事ないぞ、だって、この作り方見てみろ、ほら」
突きつけられた台紙を見ると、確かに説明用に描かれた絵の紙は、
正方形だ。

「それは短冊用だよ。 お兄ちゃん達、知らないの?」
言い合う俺たちを見かねたのか、少年が不思議そうな顔で声をかけた。

「四角いのは飾り用。 細長いのには願い事を書くんだ。飾りと一緒に
木に付けるとどんな願いでも叶うんだよ。
大人でこんなの知らない人なんて、初めて見たよ」
「俺たち、すっげー遠くから来たんだよ。だから知らないんだ」
珍しそうに言う少年に、ちょっと恥ずかしそうにバッツが言い訳した。
こんな子供に、真面目に反応するバッツが、何だかおかしい。

「願い事、か」
作りかけていた水色の紙を置いて、バッツが細長い方の紙を取った。
「へぇ、そういうの信じるのか?以外だな」
「別に、信じるって訳じゃ無いけど、気休めみたいなもんだよ」
言いながら、バッツは紙置き台の中央にあるペン立てに手を伸ばす。

「ほら、お前も書くだろ?」
何と答えたら良いか思い付かず、差し出されたペンを無言で受け取った。

ペンをクルクル回しながら、四角い紙を見つめるバッツは、
どこか楽しそうだ。 表情が柔らかい。
                
「お前、武器が欲しいとか、強くなるとか、また色気のねぇ事
書くつもりだろ?」
 バッツが紙から視線を上げて、俺に言った。
「バカ、そんな自分の力で叶う事書いてどうすんだ。どんな願いでも
叶うんだろ?」
少し、皮肉を込めた言葉を返す。
              
「自分の力ではどうしようもない事・・か」
俺の皮肉を真面目に受け取ったのだろうか。紙に目を落とし、バッツが呟く。

「あぁ、足が長くなりますように、とかさ」
「うるせぇな、余計なお世話だ」
さらに直接的な俺の皮肉に、やっとバッツが反応した。
俺を睨むバッツに笑みを返す。
               
「伸びる訳ねぇだろ」
「なんだよ、さっきの子供は何でも叶うって言ってたろ?」
からかう様に言うと、バッツが嫌そうな目でこちらを見た。
                
「もっと、叶う可能性のあるモノ言え」
「叶う可能性のあるもんなんて、大概自分でどうにかなるだろ?」

俺の言葉を聞いたバッツの表情が、少し変化した。
考えるように、再び紙に視線を向ける。 
               
「そうか? そんな事ないぜ。 例えば、人の気持ちとかさ」
               
バッツは、何も考えずに、ただ思いついた事を言っただけなのだろう。
そんな事は分かっている。
分かっているから、余計に、少し落ち着きの無くなる自分の心臓に
腹が立つ。

「気持ちを変えさせたい奴でもいるのか?」

自分の騒ぐ心を誤魔化すために、何とも思っていない事を強調する
為に出てしまった言葉だろうか。
言ってから俺は激しく後悔した。
こんな問いの答えなんて、聞きたくないのに。
しかし、一度出てしまった言葉は、今更飲み込めない。

ただ、手元の四角い紙を見つめた。


「・・そうだな」
ぽつりと聞こえたバッツの声に、思わず目を上げる。

目が合う。 澄んだ、深く青い目が、こちらを真っ直ぐ見ていた。
心臓が余計に騒ぐが、金縛りにでもかかったように、目が離せない。


「凶暴で男らしいお姫様を、おしとやかに改心させるとかさ」
俺の目を見たまま、ニヤリと青い目が笑った。


「いってぇぇーっ!」
バッツの悲鳴に、周りの町人が振り向いた。
「でかい声出すなよ。みっともねぇ」
バッツの方を全く見ずに言う。
つい、手加減するのを忘れてしまったが、悪いとは思わない。
悪気は無いのだろうが、それを差し引いても妥当な仕置きだろう。

「何も、これ位で殴る事ねーだろ!」
俺の怒りの理由を正しく理解していないバッツにとっては、
あまりにも酷い仕打ちだ。信じられないといった様子で、俺に
非難の目を向ける。
「ゴチャゴチャ言ってねぇで、早く書けよ」
今までの、不覚な自分をさっさと忘れてしまいたい。
               
「あぁ、ホントに書いてやる・・」
さっきこいつが言った、ふざけた願い事のことだろう。
呟いて、紙に何か書き込んでいる。

「書けよ、俺がどんなお姫様になるか楽しみだな」
顔を上げたバッツが、とって付けたような笑顔を向ける俺を
軽く睨んだ。
       
「お前をおしとやかにするのに、こんな紙切れ何百枚あったって
足りるかよ」
「良く分かってんじゃねぇか、悪いか?」
               
長細い紙を紙置き場に戻し、さっきバッツが作りかけていた、水色の
紙を手に取る。
もう、願い事なんか考える気になれない。
               
「いいんじゃねぇの?」
棘の無い、ゆっくりとした穏やかなバッツの口調。
声の方に目を向けると、再びバッツと視線が交わる。
皮肉っぽさも、ふざけた感じも混ざっていない、純粋な瞳。


「お前らしくてさ」 
俺の目を見たまま、バッツが笑った。


どうして、俺の心臓は、こうも懲りないのだろう。
               
いつもそうだ。この男は、ホントに心臓に良くない。

               
バッツから目を離し、再び、木を眺めた。
               
赤い顔は、夕日のお陰でばれないだろう。
でも、案外するどいバッツの事だ。 
内心の嬉しさを悟られてしまったら、しゃくに障る。


              
「綺麗だな」
背後から聞こえたバッツの言葉に、改めて、紙で飾られた木を見てみる。
                
「ああ」

枝が揺れる度、飾り達がくるくる回って、
夕日の色を反射させ、キラキラ光っていた。

                 

実は密かにちょっと気に入ってた文。
自分で書いて気に入ったとか痛い、痛すぎる。

 
 


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