間違えた  20090429



ファリスは、酒との付き合い方が、とても上手い。

酒に意識を支配されて我を失うところなど俺は見たことがなかった。
はじめはよほど強いのだろうと思ったけれど、
そうじゃない、酒の種類、酔いの回り方、自分との相性、
そんなものを熟知して、やみくもに大酒を飲んでいるように見えて、
きちんと飲むスピードや量を操っている。


酒以外のことだって、そうだ。ファリスは、
他人に、自分を自分の思い通りに見せてしまうのが上手いのだ。


「大丈夫かよ」

俺の声に振り返ったファリスが何故か、
こちらを赤い頬で睨んだ。迫力は全くない。

酔ってるお前なんて怖くねーよ。いつもの調子で軽く言いそうになったけど、
必死に強がるような様子に真剣ささえ感じて、からかうのをやめる。

「立てるか?」
「たてるにきまってる」
「あーそうかよ、でも、とりあえず掴まれよ」

言いながら、自ら手を取りそうに無いファリスの腕をこちらから掴んだ。
不服そうにも、俺の腕を助けに立ち上がったけれど、
足元は少し頼りない。

もう少し休ませてやったほうが良かったか。迷った俺を置き去りに、
ファリスは俺の腕からすれぬけると、先を歩いた。

足どりは思ったよりもしゃんとしていたものの、やはり、
少しふらつきがちで危なっかしい。

大丈夫か、と、声をかけるのをやめて、すぐにその背に追いついて、
黙ったまま、様子をうかがった。

「間違っただけだ」
「ん? 酒の量の話か?」

おぼつかない背中が不意に放った、不機嫌そうな声。
俺の返答が的を得ていたようで、ファリスはこちらを向かないまま、頷く。

「間違えることもあるさ」
「だめだ」

軽く、答えた俺の言葉を、ぴしゃりとファリスが否定する。


「間違えるようじゃ、ダメなんだ」


厳しく力強い筈の言葉を紡いだ声は、ひどく弱々しく聞こえた。
気持ちがふとひきしまる。

ファリスの背中が子供のように小さく見えた。

「ダメじゃねぇよ」
「無責任なこと言うな」
「責任とってやるよ、ほら」

拒絶されるだろうと、取っていた距離を縮めてファリスの腕を取る。

「間違った時は、手ぇ貸してやるからさ」

怒られる覚悟はあったが、ファリスは意外と怒らなかった。
目を大きくして俺を、おかしなものを見るかのような顔で見る。


「案外、使えるだろ?」

笑ってそう言ったら、気まずそうにファリスが目をふせる。
意外とかわいい反応が新鮮で、こみあげた笑いを俺は必死に隠した。

ここで笑ったりしたら、たちまちファリスの強がりが復活しそうだ。


俺の手を借りたファリスは、さっきよりも気を緩めたのか、
足元のあぼつかなさが少し増した気がする。
それでも、極力俺の力を借りぬようにしているのか、
距離を置いて歩くファリスが、危なっかしい。

どっかに座っていくか?と、聞こうとした矢先、
バランスを大きく崩したファリスが、よろめいた。


「危な・・!」

掴んだファリスの腕を引いて肩を支えた。
不意に舞い込んだ温もりと柔らかさに、つい、邪心が沸いたけれど、
気を取り直して、それ以上の密着を解くように、ファリスの両肩を支えた。


「大丈夫か?」

ファリスの返事は、なかった。動きもない、じっと、
俺の腕を掴んで動かないファリスに、再び少し、おかしな気が沸く。

「どうした? おい、ファリス?」

その気持ちをすぐに反省して振り払って、気遣う言葉をかけたものの、
こころの隅にはつい、昂りが残る。

さわりとファリスが、動く気配。
胸に感じた重みと、濃く漂ったファリスの匂いに、心臓が騒いだ。

「あの・・ファリス?」

ファリスにもたれかかられて、下手に、動けなくなって、
棒立ちのまま、呼びかけた自分の声が上ずりそうだった。

「間違えた」
「・・は?」

やっと沈黙を破った、ファリスの言葉は、しかし意味不明。


「たまには間違えてもいいって言ったろ」
「あ、ああ、言った、けど」


なんだ、これ。

間違えた?ファリスのこの行動のことか?
棒立ちのまま、様々な考えが頭を行き来する。

ファリスの感触は、今までの彼女の印象とはうらはらに柔らかくて、
とても心地が良くて、思い切り抱きしめたらさぞかし気持ちが良いのだろうと思った。

でも、今のファリスは、正気な彼女ではない。
今、そういう事をするのは男としてどうか、でも酔っているなら、
忘れてしまうのではないだろうか。


「少し、休ませてくれ」


ろくでもない俺の思考回路に、冷水をかけるような、ファリスの声。

何のとりつくろいもないような、純粋な声だった。
こんなにも素直なファリスの声を、言葉を、俺は初めて聞いて、


何故か、ひどく胸が痛くなる。


邪な心で汚さないように、息をつめて、そっとその頭を支える。

高鳴る胸が、さっきまでとは違う色を帯びている気がした。



拍手のお礼文。恋か恋じゃないかくらいのバツファリが大好きなのですが、
書くと意味不明にいつもなります。


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