箱の中  2008.1003





ライトがこうこうとついていても、明るい印象を受けない部屋は、
とってつけたように柔らかい。
暖色でまとめた内装の穏やかさ、主役顔でのさばる大きなベット、
それらが出す甘い雰囲気に、押し付けがましい威圧感を感じた。



「こういう所・・」

繋いだ、敦盛さんの手が、いつもより乾いて感じるのは、
ここの空気に水気が足らないせいか。

「嫌いかと思ってました」

笑って、少し見上げた彼の横顔が、ぼんやりと前を見たまま、
緩やかに笑う。

「そう、だな」

少し前に引かれて、離された手が、行き場をなくて留まった。
部屋の真ん中に進みながら敦盛さんは周りを見渡して、
ふと立ち止まって、振り向いた。

「嫌いだ」

笑顔。

目を細めた表情は、優しくも思える位の。


「どうして?」

何を、聞きたいのか。自分でもはっきりせぬまま、
自然と出た問いを、言い直すことなく垂れ流す。

「残留した人の気配が、濃すぎて、落ち着かない」

目の前にある大きなベットを眺めてそう言った敦盛さんは、
ふと、思いついたようにこちらを見た。

「どうして、というのは、来た理由の方だろうか?」
「どっちもかな」

気の入らない笑顔を浮かべるわたしから、視線を外すと、
ベットに、どこか無気力に、敦盛さんが腰を下ろす。
両手で、特に意味も無さそうにシーツを押さえながら、

「とくに理由など、ないが」

ぽつり、ぽつりと、わたしに返事を返す。

「人の気が舞う場所は嫌いだ、けれど」

敦盛さんは、目を細める。けれど、
今度は笑顔ともとれないくらいに、緩んだ表情。

「時折、包まれるとひどく安らぐ」

胸を、嫌なもので掻き混ぜられるような感覚を覚えた。

ベットの上に飛び乗った私の振動で、二人の体が上下した。
睨みつけるわたしを、少し驚いて見つめる敦盛さんの腕を掴む。

「なんで、そんな一人ぼっちみたいな事、言うの?」

見開いた目を、敦盛さんは少し伏せて、ただ、わたしを見つめる。

「わたしはここに・・敦盛さんの傍に居るのに、どうして」
「あなたは、ここに居てくれるだろうか」
「当たり前でしょう、わたしはずっと、敦盛さんと」

突然両腕を掴み返されて、驚きで、声が途切れた。

「これから先、何年も何十年も私と、本当に・・」

淡々と、澄んで響く敦盛さんの声が、いつもより冷たく冴える。


「ずっと?」


吸い込まれるような深い色の瞳。
緩んだ口元に相応しくない、刺す様な目線。
ぞくりと、背筋が冷たくなるくらい、その敦盛さんは、
冷たくて、とても綺麗だった。

思わず声が詰まって、身動きがとれず、その目を見つめる。

「ずっとです」

そう答えるのと、敦盛さんがどこか自嘲気味に笑うのとは、
ほぼ、同時だった。

「敦盛さん!」

沈黙を迷いと解釈されたか、その笑顔に反発の意を込めて呼びかける。

「わたしは本当に・・っ!」

わたしの言葉をねじ込むように、敦盛さんがきつく乱暴に唇を重ねた。
急な事で無防備な私の舌に、柔らかく絡みつくその侵入者の感覚に、
くぐもった声が出る。

「敦盛さん、聞いて!」

顔を煽って怒鳴った、わたしの伸びた首に、
敦盛さんの唇が這う。ぴくりと体が震えた。
口付けで濡れたせいか、湿ってやたら滑りの良いそれが、
耳の傍を通った時、思わず、熱を帯びた息が漏れる。

敦盛さんがくすりと笑う気配がした。


「敦盛さん」


ずるずると、崩れた姿勢。ベットに背を預け、
上にのしかかる肩口にしがみついて、名を呼ぶ。
けれど、肌蹴た衣服の隙間から、直に肌に触れられて、
続く言葉が思いつかない。

空気に晒されていく肌のつめたさ、弾ける感覚に、
冷静な思考は奪われていく。


諦めたように、その強い流れに身を任せたら、
必死に伝えようとした思いさえ、本能に押されてどんどんぼやけて、
頭の隅に追いやられた。






敦盛さんが、突如動きを止める。

わたしの体は行き場をなくしたように不安定に揺れて、
荒い息のままじっとする、彼に眉を顰めた。

「もう一度、言ってくれないか」

熱で歪んだようなおぼろげな意識は、ふって降りたその低い声に、
にわかに現実へと引き戻された。

「な、に・・?」
浮つきの残る喉で、出した自分の声はかすれている。

敦盛さんが、身を繋げたまま、覆いかぶさるようにわたしを抱きしめた。
早い鼓動の音と息が、汗ばんだ敦盛さんの熱い体を揺らす。


「ずっと、傍に居ると」

私の耳元で、息と一緒に吐かれたその声は、
空気を含んで、ささやくように小さい。

胸が焼ききれるように熱くて痛かった。


わたしは唇をかみしめて、首筋にうなだれたその人を、
力をこめて思い切り、抱きしめる。


「傍に居ます」


ゆっくり身を離そうとした敦盛さんの首にしがみ付いて、引き戻す。

「敦盛さんに、何て言われたってずっと」

わたしはあなたの、傍に。さらに続けようとした言葉は、
前触れ無く再開された動きに、意味を成さない音となって消えた。
紡げない言葉代わりに、敦盛さんの湿った肌に食い込む程強く、
その背中にしがみ付く。


夜空を溶かしたような色の髪の隙間から見た部屋は、
変わらず、歪んだ甘さが漂っていたけれど、

ただ、流れ続ける時間から、孤立したようなこの箱の中では、
守られているような気さえして。

埃で濁ったみたいに、不透明な安心感を、そっとわたし達に与えた。




望美ちゃんから、「敦盛さんがSに目覚めて困る」と、そんな相談を受ける、
夢をみまして(何そのカオスな夢)

龍神の啓示かもしれないので(なにをいう)無理やり敦盛をSにしたら、
普段の敦盛よりもぐんと女々しく・・・。不思議!(書いといて)



 
帰る