おそろい色  2008.0719



その日はぽかぽかとした暖かさで、息をするだけで、
穏やかな気持ちが体に満ちるようだと、
青空と、陽だまりのような少女をそっと見比べ、永泉は思う。

「わぁ、草があったかい」

日の光を浴びて、青々と輝く緑を掌で触りながら、
地面に腰を下ろしたあかねが無邪気に笑う。
ふわりと、薄桃色の袖が空気に舞って、
無造作に少女は、草の上に気持ち良さそうに寝転んだ。

その様子を見下ろして、一瞬戸惑ってから、永泉は静かに微笑む。

「あ、わたし、お上品じゃないですよね」
「いいえ!そんな・・」

我に返ったように苦笑いをして半身を起こしたあかねに、
首を横に振った永泉は、ふと思いついたように、
否定の言葉を止めた。

すぐ近くにしゃがみこむ永泉を、あかねは目を丸くして眺める。
慣れない手つきでかさなった着物を腕で持ち上げ、
ばさりと、あかねのすぐ隣に、真似をするように、
永泉も、身を投げ出した。

「そんな、ことはありません」

ふう、と、息を付きながらそう言う永泉の笑顔は、
木々の隙間から降る日の光よりも明るくて、暖かくて、
あかねはつい、声を出して笑った。

「こ、この格好、おかしいでしょうか・・」
「違う、違うよ、永泉さん」

ごめんなさいと謝りながら、呼吸を落ち着ける。
不安そうな永泉を、穏やかに覗き込んで。
あかねも、再び、頭を草の上に預けた。

「横に来てくれて、すごく、嬉しかったんです」

あかねの言葉に、少し恥ずかしそうに永泉は、笑う。
地面の感触が新鮮で、投げ出した足が落ち着かなくて、
それでも、心は穏やかな落ち着きに包まれる。

「神子のご様子が、あまりに気持ちが良さそうでしたから」
「実際やってみて、どうですか?」

不安げなあかねの声色。付いた掌に感じる、草の温度が清清しい。

「ええ、思った通りです」
「そっか、良かった」
「神子が、隣に居てくれるおかげでしょうか」

不意に投げられた言葉に、あかねの胸がにわかに騒いだ。
首を曲げて眺めた永泉の横顔は、穏やかに目を細めて微笑んで、

「とても、心地が良いです」

あかねの視線に気付いたように横を向いた永泉は、
不自然に見えるあかねの表情に、笑顔を解いた。

「どうしました?」
「な、なんでもないけど、だって永泉さんが」

急に恥ずかしい事言うんだもん、と、小さな声で言って、
あかねは自分の両頬を掌で包んだ、少し熱い。

きょとんと、永泉は、言葉の意味を図りかねてあかねを見つめた。

「あ」
「もう、いいですよ永泉さん、考えなくても」

あかねの言葉よりも少し早く、永泉は目線をそらして赤くなる。

「そ、そんなつもりは・・」

考え無しに紡いだ、慕情を連想させる自分の言葉が、
今更ながら心で広がって、永泉は身の置き場に困った。

「それじゃあ、さっきのは・・」

すねたような目をして、頬にあてていた手を握り締めたあかねを、
永泉は、再び、きょとんと見つめた。

「嘘、ですか?」
「な! 嘘などではありません!」

あかねの悲しげな顔に、少し混じる冗談じみた色に気付く余裕が、
永泉にはなかったのか。 
あかねよりよほど悲しそうな表情で、思わず身を起こす。


「永泉さん、冗談で・・」
「私は、本当に心からあなたを・・」

同時に、声を出してから、
しんと、しばし、二人の間に静寂がおりた。

「ご、ご冗談・・でしたか」
良かったです、と、ひきつって笑った永泉の顔は、
さっきよりもひどい位に赤かった。

「永泉さん、今・・」
同じく、顔を赤くしたあかねは、起き上がって永泉と目線を並べると、
途切れさせた言葉を、ためらいがちに再開させる。

「何て、言おうとしたんですか?」
「な、何と、申されましても、さっきはつい勢いで」

上がる熱と一緒に低く耳鳴りがした。心臓の音が高くなる。
永泉は騒がしい体を抱えたまま、少し気まずそうなあかねを、
それでもまっすぐこちらに向かってくるその視線を受け止める。

花のような色のあかねの髪が、ふわりと風になびいて踊る。
そんなありふれた光景を、永泉は、惜しむように見つめた。

二人を隔てる空気が、何故だかふと脆く感じた。
手を伸ばせばすぐそこにあかねがいる。いつもの事なのに。

不意に、その温もりに触れたい思いが強くなった。

その衝動は、ためらいよりも先に永泉の腕を動かした。
そっと抱き寄せて、両手で支えた背中は思ったよりも小さい。

後を追ってこみ上げたためらいに、永泉は、静かに戸惑う。
腕の中の存在が心地良いほど、段々と罪悪感が込み上げて、
耐えかねて、腕をゆるめ、伺うように、あかねの顔を覗いたら、

交わった目線。細い肩の感触と、あかねの赤い頬。
少し驚きを残したような、緩んだ唇。

掴んだままのあかねの肩から、手が離せない。
かけようとした言葉を、永泉は飲み込む。
初めて味わうような熱が、永泉の体を走った、

あかねの髪を撫ぜて、引き寄せたら、
あっけないくらいに簡単に、

触れた唇と唇。

ただ、体の一部が、短い時間触れ合っただけなのに、
得た感覚は、抱きしめ合うよりも大きくて鋭い。

あかねは、近くで見た永泉の睫毛の長さに、
ぼんやり見とれていた、けれど、

「み、神子、あの・・」

我に返ったように動き出した永泉は、悲壮な表情で、
顔を真っ赤にして、弾かれたようにあかねの体から身を離した。

「も、申し訳御座いません!」

後ずさって正座をした永泉は、叱られた犬のように小さい。
予想外なお詫びにあかねはぽかんとして永泉を見つめた。

「つい私は、神子のお気持ちも考えずに、このような・・」
「永泉さんのバカ!謝らないで下さい!」

思わず大きな声で永泉の言葉を遮ったあかねを、
永泉は怯えた目を大きくして凝視した。

「わたし、嫌じゃないよ!」

真っ赤な顔で、あかねは、今しがた口付けを交わした男を、睨む。

しばらくそんな彼女を驚いた顔で眺めた永泉は、
丸まった肩を解くように、姿勢を整えた。

「すみま・・あ」

言いかけた言葉を途絶えさせて、喉に詰まった気持ちを、
持て余すように永泉は困った顔をしたけれど、
ふと思いついたように、頬を引き締めた。

「心から、あなたを」
永泉は、意を決するように息を呑んで、

「お慕いしております」

先刻、言いそびれた言葉の続き。

いつものくせで、永泉はつい目線を逸らしそうになる、
けれど、寸前でその衝動を、押しやって、

まっすぐに、あかねを見つめた。

「あ、あのっ・・! わたしもっ」
「は、はいっ!」

あかねの少し上ずった声に、永泉は思わず背筋を伸ばした。

永泉の視線をうけたあかねの頬と、
固まったように、あかねに顔を向けたままの永泉の頬は、
同じくらいに、赤い。

「永泉さんが、大好きです」

言ってから、あかねは恥かしさを紛らわすように、
軽やかな声で不器用に笑って、再び、草の上に寝転んだ。

永泉は、あかねが消えた後に広がる瑞々しい緑と、木漏れ日に目を細めてから、
自分も、ごろりと、さっきよりも慣れた動きで背中を地にあずけた。

どこかぎくしゃくした空気は、穏やかな光を含んだ風と混ざり合って、
二人の熱を持った頬を少し冷やす。

並んで見上げた空は、とても綺麗に澄み渡っていたけれど、
永泉もあかねも、本当は空の色など見てはいなかった。


青空を見ながらも、感じているのは隣の気配ばかり。


赤い頬も、心を埋め尽くす、ざわついた心地良さも、
二人、同じ色に染まりながら、ただ、

お互いを想いながら、柔らかな空気の中、時間は進んでゆく。




永泉さんが絡むとダラダラ文が長くなる気がします。
全部永泉さんのせいです、(ひどいなすりつけた)
 
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