身勝手な祈り20081121




神子と顔を合わせるのは、さほど久方ぶりという程では無かったけれど、
そのお姿は、最後にお会いしたときよりも、すこし、しおれたように見えた。


「じゃあ、笛を聞かせて下さい」

思ってもみなかった申し出に動きをとめた私に、神子はいっそう微笑んだ。


身に溜まった疲れを癒すのに役立てる事はないか、そう問うた私に、
笛の音をねだったあなたが、ただ優しくて、申し訳なくて、

うまく言葉にして返せなかった思いを、口に出さずに、
私も神子の隣に腰掛けて、取り出した笛を、少し見つめる。

考えずとも頭に浮かんだ音の並びに、そのまま息を吹き込んで目を閉じる。
神子の気配が柔らかく微笑んだ気がした。



神子にせがまれるまま、何曲か吹くうちに、ふと、
やけに静かになったのに気がついた。

「神子・・」

呼びかけようとして、声を止める。

緩やかに目をふせて、神子は座ったまま、いつのまにか眠っていた。
うつむいた姿勢が不安定そうに傾いてゆれる。

反射的に差し出した手を待っていたかのように、
神子の肩が、腕のなかにもたれた。

漂ったやわらかい匂いに少し戸惑いながらも、
支えとなった自分の体を動かすわけにもいかず、
かたまったようにじっと、その温もりを受けた。

うつむいて、かかった髪の隙間に見える、少し疲れのみえるお顔。

京の危機を救ってからも、様々な行事に参加を求められ、
今まで休む間も無かったのだから、当然だろう。

「・・・お疲れ様です」

小さくささやいた私の声に、神子は少し表情を動かして、
私の肩にさらに体を傾ける、その重さに、心がじんわり熱くなった。

持て余していた手から、笛を放して、そっと神子の肩に乗せる、心臓がざわついて、
目の先で、柔らかそうに光る髪に、ひっそりと顔をよせた。

腕の中で無防備に眠る神子への想いが、強く身の内に渦巻いて息苦しい。

「永泉さんの腕の中、居心地良い」
「み・・!」

あまりに突然かけられた声に驚いて、声をうしなった。
そんな私に、神子が小さく笑う気配がする。

「お、起きていらっしゃたのですか」
「広くて、気持ちいい」

いまいち、かみ合わない会話、まだ少し眠りから覚めきっていないのか、
神子の目は、ふやけたようにおぼろげで。

「やっぱり、男の子なんですね」

目を、ふせて、頬を寄せる神子を、落ち着きのない心で見つめる。

「そう、ですね、私は・・・男ですから」

瞑っていた目をうすく開けた神子と、目が合った。
視線を交わらせたまま、漂った沈黙が少し重い、けれど何故だか不快でない。

その苦しさはどこか甘い。

いつも通りの神子の姿が、違って見えた。
その不思議な美しさに、背中に寒気が走る。

その感覚に背を押されるように、神子を引き寄せて、
緩やかに結ばれた唇に、口付ける。
甘い空気に酔ったように、頭の芯がうずいた。

「神子」

顔を離して、相変わらず綺麗な神子の目に、
更に上がりそうになる気持ちを、体の奥に押しやった。

「お疲れのようですので、今日はもう、お帰りになった方が」

その言葉を聞いた途端、神子が、驚いたお顔をした。

「・・・あ、あの、神子、私、おかしな事を言いましたか?」
「い、いえ! そんな事は」

驚き顔が、少し色を変える。

「そんな事ないですけど」

寂しげに伏せた目が、怒ったように少し鋭い。

「神子?」
「私は大丈夫だから」

すねるように眉をよせて、こちらを見る神子を、黙って見守った。

「もう少し、一緒に居ちゃ駄目ですか?」

さっき押し隠した気持ちが、再び頭を持ち上げる。
熱くなる体を持て余して、私は言葉を返せず、うつむいた。

「何で、困った顔するんですか」

俯いた悲しげな神子の顔を、心苦しい思いでじっと見た。

「そんなお顔をなさらないで下さい、神子」

神子が弱々しく顔をあげた。薄闇につつまれた頬が、
艶やかに鈍い光をまとう。

「これ以上、貴方の傍に居ると、その・・」

こんな、罪深くも思える事を、神子に言うのはひどく抵抗があったけれど、


「もっと、触れたくなってしまいます」

言わずに、神子を傷つけぬ方法など、思いつかなかった。


熱く火照った頬は、神子の目に赤く映っただろうか。
まっすぐ、神子に目をむけられず、誤魔化すように私は、
立ち上がって着物の裾を整えた。

「お送りいたしますので、今日はもうお帰り下さい」

背を向けたまま、恥ずかしさを振り払うように言う。
背後で、神子も立ち上がったのだろう、さわさわと衣擦れの音。

突然、背中を、柔らかい温もりが包んだ。
先ほどにも感じた、甘い香りが、ふわりと漂う。

「神子・・」

背にしがみついた、優しく柔らかい存在に、呼びかければ、
返事の代わりに、神子が、前に回した手に力をこめる。

そっと、触れた神子の細い手は、少し震えていた。

振り返って、持ち上げた神子の手にぎこちなく唇を押し当てる。
しっとり暖かくて、すべやかで、とても心地が良い。

目を瞑ると、その感覚ばかりがただ鮮明で、
神子の手を握る力を、思わず強めた。


川の渓流に流されるように、そのまま強く抱きしめた神子の体が、
身を引くように強張る気配に、私は、目が覚めたようにはっとして、手を離す。

束縛を解いても、寄り添ったままの神子を覗き込んだら、
先程よりも艶やかさを増した頬を、ふと緩めて、
とぎれがちな動きで、神子は私の首に手をまわすと、
ぶつけるように、私の頬に唇を落とした。

頬に触れた軽くて小さな温もりが、優しく私の想いを解く。

二人、その場に座り込んで、もう一度、今度はもっと丁寧に、
唇と唇を合わせた。

紅潮した神子の頬を包んで、抱きしめて、
唇で触れた肌は、どこも、とても暖かかった。


行為の最中で、取り払った衣服の中から滑り落ちた数珠に、
思わず私は一瞬身を固めて、それを拾って、握り締める。


「・・永泉さん」

気遣うように、神子が私を呼ぶ小さな声は優しげだった、
私を見上げる神子の潤んで光を含む目に、息を呑んで、

そっと数珠を、身から遠くに手放した。


「貴方よりも尊いものなど、私には御座いません」


抱きしめた神子の腕が、甘えるように背に巻きつく。
息苦しくて、悲しさなど微塵も無い筈なのに、
泣きたい気持ちになる。

罪だとしても、あなたは。
あなたを欲しいと思うこの気持ちは。どんなものにも勝ってしまう。


自分の知らない何かが身のうちに居るのかと思った。

少し油断すれば強くなりすぎる、神子を抱く力を、
われに返って押さえ込むたびに、神子は、

包み込むように、懸命に、私に笑いかけた。


たった一つのもに向かう想いが、私の中を驚くほど変えてしまう。
それはひどく恐ろしい事。 でもこの危機感さえ、

甘くて愛おしいなど。


「神子」

一体何の助けをを求めたのか、解らないまま、すがるように呼びかける。
私を見た、あまりに艶のある神子の表情に、息をつめた。

不安も恐怖も忘れて、ただその頬を撫ぜて、光る唇を塞ぎこんだ。


もう、戻ることができないなら。

どうせ変わってしまうなら、全てが貴女のためになればいいのに。


祈って、さっき捨てた数珠を、身勝手にちらりと見れば、
抜け殻のようなそれは、何の意味もない石の連なりに見えた。



永泉さんのエロをあまり見かけないので仕方なく自給自足。
でも自足じゃ満たされない、誰か書いて下さい。

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