歪んだ月20090103




「望美!?」


悲鳴に近い、高く鋭い朔ちゃんの声に、その場を見ずとも、
息がとまるような嫌な思いが体にたちこめる。


俺は唇をかみしめて、座り込んだ朔ちゃんの背中の先に割り込んだ。

うずくまった姿勢がくずれたような体制で倒れこむ望美が、
手で押さえた箇所は、次々流れる血に染まってはっきり定まらない。

「望美、しっかり・・お願い、しっかりして」

泣き声の混じる朔ちゃんの声に顔を上げた望美の頬は、
明らかに血の気がなく白い。
素早く望美の一番近くにしゃがみこんで、症状を見る弁慶の反応を、
静かに見守った。

弁慶が一瞬こちらに送った目線で、命に別状はないようだという事は
解ったものの、皆に声を出して言わないところを見ると、
油断はできないのだろう。

「敦盛さんを止めて」

不意に聞こえた驚くほどしっかりした望美の声に、その言葉に、ぞっとした。


思わず混乱しそうになる気持ちを、ゆっくり息を吸って、落ち着ける。

「望美、あんまり喋るな・・」
「早く、時間が無いの」

腹から、それ以外の様々な所から血を流しながら、
真っ青な顔で、信じられないような強い口調で望美は俺に、
食いつくようにしがみついた。



「早くして! 敦盛さんが死んじゃう!」


その言葉にはじかれたように、心臓が嫌な音をたてた。

「望美、わかったから! 黙ってろ」

怒鳴った拍子に傷口を刺激したのか、望美が顔をゆがめる。
望美の肩を支えてさすりながら、朔ちゃんに振り返る、
うまく動かない表情を無理やり、穏やかにしてみせた。

「朔ちゃん、ちょっと外すけど、望美を頼んでいいかな」

自分を落ち着けるように、なるべく静かに言う。
声もなく涙をうかべながら、望美の手を握って頷いた朔ちゃんに何とか笑って、
すぐに駆け出そうとしたら、後ろから突然肩を掴み戻された。


「敦盛君なら大丈夫ですよ」

かがみこんで望美の傷を見ていた弁慶が、いつの間にか立ち上がって、
淡々と柔らかい口調で囁いて、微笑んだ。

意識のはっきりしない望美には聞こえない位の、小さな声。
その目は、まるで機械のような正しさと冷たさに満ちていた。

自分とは違う目的を読み取って、手を振り払って、
その目を思い切り睨みつける。

「ヒノエ!」

珍しく怒気に満ちた感情的な弁慶の声、
掴み戻された肩が、ぎりりと痛んだ。

「解っているでしょう、もう敦盛君は、これ以上・・」

低く小さい弁慶の声に柔らかさはない。
突き飛ばすようにその腕から逃れて、何もかもを投げ出すように、
ただ背を向けて走った。弁慶の追跡の声は、聞こえなかった。


この近くで、敦盛が、死ぬのに選びそうな場所を浮かべる事など、容易だ。




きつい急な山道を、ひたすらかけ上がる。
人の立ち入る所ではないことを、山が啓示するかのように、
方々に伸びた木の枝をよけながら、足を進めて目の前をにらむ。

「敦盛!」

呼んだ声が、木々のざわめきに吸い込まれた。

「おい!返事しろバカ!敦盛!」

自分の勘に、妙な確信があった。もう一度、闇のなかで叫ぼうと息を吸い込めば、

「ヒノエ」

まるで何でもなかったような口調の敦盛の声に、
あの先程の非現実的な光景が、夢だったのかと思った。
不健全な安心感を抱きながら声の方に振り返って、


息がうまく出来ずに、返す声を失って、立ちすくんだ。


「ちょうど良い所に来てくれた」

結った髪はとうの昔に荒れたように、散らばって、
肌にまとわりつくようにしか残らぬ衣服は、血で殆ど黒く染まっていた。

敦盛が手に持っているのは、赤く染まった、見慣れた望美の剣だった。

腹や胸に滲む、服かと思っていた赤黒さは、よく見れば、
壊れた皮膚から覗いている血液にまみれた肉。

垂れ下がった髪から覗く敦盛の瞳は、妙にしっかりとしていた。


「君に頼みたい事がある」
「・・いやだ」


内容を聞きもせずに否定の言葉をかえすものの、喉がひきつったように、うまく声が出ない。
頼みごとの内容は予測できた。駆け寄った足が、なぜかふわふわとしてどこか違和感があった。

「何やってんだよ」
「死なないんだ、おかしいだろう」

望美の剣を、ゆらりと振りかざして眺める敦盛の姿から、何故か目をそらせずに、
固まったままその様子を見る。

剣を真っ直ぐ上に向ける様子が綺麗だった。突如、敦盛は剣の方向を変え、
思い切り自分の胸をめがけて突き刺した。

「やめろ敦盛!!」

くぐもった、かすかな音をたてて差し込まれた剣は、
もう傷口が何処かもわからないくらい真っ赤な場所から、
血を撒き散らしながら引き抜かれた。

敦盛が咳をする。普通ではない、人が肺に怪我を負った時特有の、
がらがらと水っぽい音と空気が漏れる音がした。

敦盛から取り上げようと掴んだ剣の柄が、ぬるりとして掴み損ねそうになる、
ひったくるように剣を取る、敦盛の腕には、殆ど抵抗は無かった。
思い切り遠くに剣を投げつける、金属音が当たりに響いた。

「お前、何を」

泣き声のように揺らいだ自分の声に驚いて、一瞬声を止める。
傷をみてやろうにも、もう、どこを見ればいいのか解らないくらい、
近くで見た敦盛の状態は悲惨だった。

「何をやってんだよ!!」
「見ただろう、死ねないんだ、もう私は」

とうの昔に死んでいるというのに。言って、敦盛の口角が、かすかに上がる。
敦盛の顔には、悲しさも弱さも迷いも無い、

全く、揺らぎがなくて、ひどく拒絶的に自分に向く。


「やめろ」

怒りに近い感情が、懇願したいような気持ちに、変わる。
血で汚れた敦盛の両肩を掴んでも、どんな言葉をもってしても、

敦盛の心には、もう触れられそうにない気がした。


「お前一人、消えて楽になる気か? 望美は・・・」

本当に、心からそんな事を思っているのか、解らない。

「望美がどんな思いするか、解ってんのか」

ただ、敦盛を、引き戻したかった。
その為ならどんな言葉だって片っ端から使ってやる。


ぴくりとも、動かない表情で、じっと敦盛は、俺を見つめた。


「なら、どうしたらいい?」


ひどく穏やかな敦盛の声が、そう問うた。


「教えてくれ、ヒノエ、どうしたら」


敦盛が自分の両手を、顔をしかめ眺める。ひどく疲れてみえた。
うつむいた敦盛の頭を乱暴に撫ぜたら、
こびりついた血で固まって、さらりとした感触は全くない。


「どうしたら、あの人を、この手から守れる?」


何度も。きっと何度も何度も、たった一人、自分に問いただしていたであろう、
敦盛の疑問には到底答えられそうになかった。

唯一たどり着く答えはきっと、先刻の冷たい目をした叔父が、そして、

自らの体を裂いて血にまみれた幼馴染が、
たたき出した結論と、殆ど同じなのだろう、だとしても。

誰一人、幸せになどなれない、その場限りの感情だと、しても。

「もうやめろ」

失いたくはなかった。敦盛の為じゃない、同情でもない。


これは、とんでもなく酷い自分の我侭だ。


血で汚れて、疲れた顔をふと、ゆるめて、敦盛が指をこちらに伸ばした。

「君に泣かれるとは思わなかった」


その言葉に目を見開いた、頬を拭われて初めて俺は、
自分が涙を流していることに気づく。

「な・・」

泣いてない、言おうとして揺らいだ喉に、声を呑みこんだ。
涙を止めるように見上げた夜空に、霞んで輪郭がくずれた月が見える。


瞬きをしても、止まらない涙のせいで歪んだまんま浮かぶ月を、
八つ当たりのように睨みながら、敦盛の頭を引き寄せたら、


生臭い空気が俺を包んだ。





怨霊化した後は、服がビリビリじゃないとおかしいよ、
破れてなきゃだめだよ、むしろビリビリになっててよ(いう事それだけか)
服がビリビリ半裸でうなってる美少年を川原で拾う神子。もうネオロマじゃない。

てか言う事はそれじゃない。すっごく暗くてすみません…




 
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