ふたりランチ 2008.0802




手に持った荷物に掌をあてると、ほんのりと暖かい。

見上げた先には、今日の為にあつらえたような、青空。
映画の場面を切り取ったような最高のシチュエーションだ。

「気持ち良い風」

つぶやいて、ちょっと立ち止まって、目に留まった雲の、
ゆっくりとした流れを目で追った

「相変わらず、独り事が多いな、千尋は」

聞こえた声の主は、待ち合わせの場所よりも随分近い場所で、
足を組んで座っていた。

「那岐!」

駆け寄る私に緩く笑って那岐は立ち上がり、伸びをした。
気持ちが良さそうな様子に、私も真似をしたくなったけれど、
手に提げたものを思い出して思いとどまる。

「迎えに来てくれたの?」
「じっと待つのもヒマだしさ・・それ何?」

不思議そうに私の荷物を見た那岐に、私は、
いたずらする時に似たような気分で笑った。

「見て、すごいでしょ」

中身が見えるように手提げの口を開いて那岐の顔の下に突き出した。

「じゃーん、お弁当!」

俯いて中をのぞく那岐に、得意げに言う。良い知らせを報告するような気分だ。

「これ、千尋が作ったのか?」
「うん、大変だったんだよ。みんな止めるんだもん」

あの、遥か遠い世界で暮らしていた時には当たり前に出来ていたのに、
こちらに来て、特に王位について出来なくなってしまった事は、
数え切れないくらい沢山あった。仕方が無い事もあるけれど。

でも、今日は久しぶりにもらった、私の大切な休日。
少し強引にでも、ずっと、もう一度やりたい事があった。

「手伝ってもらわずに、私一人で作ったんだから」

顔を上げた那岐が、呆れたように私を見つめた。

「一国の王だっていうのに、マイペース過ぎだろ」
「いいの、誰にも迷惑かけてないでしょ?」

呆れを残したまま微笑んだ那岐に、私も笑う、嬉しい。
綺麗に晴れた空と、楽しそうな那岐、幸せな一日の始まり。




「ね、それ食べていい?」
「えぇっ!?」

那岐は本当に気持ちの良い場所を探すのが得意だと思う。
どこに居たって、すぐに居心地の良さそうな場所をみつけてくる。

この城でも、それは例外ではなく、那岐の案内でやってきたこの場所は、
皆に人気がある明るく広々とした庭園内にも関わらず、
壁を隔てて人からは隠れているため、誰も知らなさそうだった。

穴場、という言葉がぴったりくる。

「朝ごはん食べなかったの?」
「うん」

我が物顔で、手提げからお弁当を出しにかかっている那岐に、
仕方ないんだから、と呟きながらも微笑む。

「あ、でも」

無言でちらりとこちらを見た那岐を見つめて、言葉を続けた。

「せっかくだから、お弁当の時は風早も呼ぼうと思ってたのに」

那岐の表情に、あきらかに不機嫌そうなかげりが浮かんだ。

「またそんな顔する」
「なんで、ここにあいつが出てくんの」
「三人でピクニックなんて懐かしいでしょ? どうして風早に冷たいの」
「違うよ、風早がとかそういうんじゃなくて・・・」

ふと黙り込んで、那岐がその場にごろりと寝転がった。

「もう、いいよ。好きにすれば?」
「すねる事ないでしょ」
「すねてない」

両腕を枕代わりに頭の下に挿しながら、那岐が私を睨んだ。
そんな様子を眉をよせて眺めながら、少し沈んだ空気から抜け出すように、
私は空を見上げた、

「せっかく、良いお天気なのに」

静まり返った二人に、広場に集まる人々の楽しそうなざわめきが聞こえた。

突然那岐が起き上がって、さっき出しかけたままにしてあったお弁当に、
再び手をつけた。

「やっぱ食べよ」

涼しい顔で、それだけ言った那岐を少し、呆気にとられて見つめたあと、
思わず私は小さく声をこぼして笑った。

「何笑ってんの?」
「ううん、なんでも、ありがと」
「・・変なヤツ」

早いランチの用意をし始めた那岐を手伝っていたら、
私までお腹が空いて来た気がする。

用意した皿を二人で一つずつ持つ。もう一つ持って来た皿は、
那岐の手によって袋の奥に投げ込まれてしまった。
那岐の反応を思い浮かべながらこちらの材料で再現した、
昔馴染んだメニュー達を、ひとつひとつ紹介する度に、
二人の間に懐かしい昔話がのんびり流れた。


「あ」

ふと、ざわめきの中に聞こえたよく知る声。

「風早?」

風早の気配をみつけて、声のした広場の方向に振り返った。
いきなり後ろから出た腕に頭を抱えられて、思わず小さな悲鳴を、
上げたつもりが、口を那岐の手で押さえられている為、
それはこもった音になって小さくひびいた。

ちょっといきなり何するの、と言いたいけれど、
ほぅぐふぐと、言葉として成り立たない音しか出せない。

「静かにしろよ」

耳元にかかった那岐のささやくような大きさの声に、
ふと違和感のようなものを感じた。

それはすぐに、背中に感じる那岐の温もりも相まって、
胸を締め付ける緊張感に変わる。

嫌だとは思わなかったけれど、反射的に体は、
那岐の腕から抜け出そうと、口を塞いだ手を退けようとする。

「・・あのさ、千尋」

私の手に逆らって、尚も私をしめつけたまんま、

「そんなに、僕と二人じゃ嫌?」

那岐がすぐ傍で投げた問いかけは、
呆れたような、すこし弱々しいような、ぽつりとしたもの。

一瞬つい動きを止めてしまったけれど、慌てて首を横に振ると、
すぐに那岐は私を開放した。首筋に涼しい空気がふわりと触れる。

「那岐と二人が嫌な訳ないでしょ!」

小さな誤解があった事に気付いて、那岐に振り返って、
すぐに訂正にかかる。 そんな私をしばらく見つめて、
ふと、那岐の口元に笑みが浮かんだ。

「ふうん」
「ホントだよ、那岐。ちゃんと信じてる?」
「・・・・」

無言のまんま、笑顔の引いた那岐に首をかしげた。
怒らせる事を言ったか。それとも本当に信じてないのだろうか。

さっきの騒動で、持っていた皿が膝の下にすべり落ちて、
一口分残っていた玉子焼きがこぼれているのに気付く。

「落ちちゃった」

転がった玉子焼きに伸ばした手を不意に那岐に掴まれて、
視線を上げた。

「食べるつもり?」
「いくら何でも食べない、けど・・」

思った以上に那岐の顔は近くにあった。

妙にはりつめた空気に、声がかすれた。
くせの無い那岐の髪が、日の光を返して光って、綺麗。

握られた手に更に力がこめられて、感触がリアルになった。
引き寄せられた拍子に、傍にあった水の入った器が倒れて、

「あ・・ちょっと、水が」

目のすぐ先にある那岐の目が、不機嫌そうに細まった。

「こんな時くらい、黙ってられない?」

自分の心臓の音が、喉まで響いて、思わず乱れそうな呼吸。
それを封印するように、私はただ黙った。

近すぎる距離に耐えられずに目を瞑って、
唇に感じた感触は、思った以上に柔らかくて心地良い。

次に目をあけて見た那岐の表情は、さっきより少し優しい。

「何て顔してるんだよ」
「えぇ!? ど、どんなって」

なかなか静まらない心臓を持て余しながら袖の裾を握り締めた。

「ユデダコみたい」
「ゆ・・っ! もう!ひどい!」

再び皿を持って、那岐はランチを再開させようとしていた。
私一人を置き去りに、調子を狂わせない那岐の様子が、
なんだか悔しかった、けれど、

うつむいた髪の隙間から覗く那岐の耳が少し赤い。

「何ニヤニヤしてんの」

眉をひそめる那岐の少し赤い顔を、かわらず笑って見つめた。

「気持ち悪い」
「良いわ、何て言われたって負けないんだから」

那岐に負けじと、皿を持ち直して、お弁当を物色する。
いぶかしげな那岐の気配など気にせずに。
知ってるんだから、那岐は、どんな事を言ったって、
そっけない態度を取っていたって。きっと・・。

「ほんと、変なヤツ」
言った那岐は、穏やかに優しい空気を帯びた顔で、笑う。


知ってるんだから、あなたの気持ちは。




こんな普通な話初めて書いた気が。普通はなんかハズイ。


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