Call my name  2008.0623



「私、もう神子じゃないですよ」

何故だかすこしはにかんでいるようにも見える、
神子のそんな様子と、突然の言葉に私は少し混乱した。
神子ではない?

「もう龍神の力を使う必要は無いかもしれないが」

平和が戻り、神子としての役割を終えたから、
だから神子ではないと、神子は言い出したのだろう。

「神子が神子である事に、変わりはないのではないだろうか」

問いの真意ははっきりわからないまま、私はとりあえず、
そう返事を返した。

「そうなんですけど、そうじゃないの!」

今度は、少しすねたような態度になった神子に、
何がなんだか解らなかった。

「すまない、あなたの聞きたい事が、私にはよく・・」
「あ、ごめんなさい敦盛さん、怒ったわけじゃなくて」

つかみ所が無い事には変わりがないが、
神子の申し訳なさそうな笑顔を見て安心する事はできた。
「悪いが、もう一度よく話を聞かせてくれ」
次は、理解するようにつとめよう、そう思い、
体制を整えたが、意外とその問いの真意は簡単なものだった。

「私の事、もう、神子って呼ばなくてもいいです」

神子という立場にではなく、呼び方に異議があったらしい。
なるほど、と思ったと同時に、私は少し戸惑ってしまった。
こんな事で戸惑いを感じるのはおかしいかもしれないが。

「そ、そうか?」

はい、と、神子が嬉しそうに笑顔になった。
その笑顔を絶やしたくはない、そんな思いが生じたが、
突然そんな事を言われると、どうしていいものか。

「あの・・では、何と呼べばいいだろうか」
「名前でいいですよ」

他の皆が、望美、望美と神子を呼んでいるが、
神子という呼び方から、望美という呼び方に変える事は、
あまりに突然神子を近くに引き寄せるような行為に思えた。

「なら・・」

望美は、あまりに呼び難い。では、神子が私を呼ぶのに従い、
望美さんだとどうだろう。それはそれで気恥ずかしい。

「あぁ、では、望美殿でどうだろう」

名案だと、自信を持って答えた私に、神子・・いや、
望美殿は露骨に異議有りという顔をした。

「神子より、余所余所しくなっちゃった気がする」

嘆くように神子は言った。余所余所しい。
馴れ馴れしい呼び方に抵抗があって、選んだ呼び方だ。
そう取られて当然だった。

「そう、か、そうだな」

正直、困ってしまった。
神子が私に何と呼んで欲しいのか、何となく解る。
望美、と、多分そう呼んで欲しいと言っているのだろう。

神子が望んでいる事だ、申し訳がないと思う必要はないかもしれない。
むしろ、ここですんなりとそう呼ばない方が、
神子を失望させる事は明らかだった。

「敦盛さん、そんな悩まなくても」

神子の声で我に返る、苦笑いをうかべて私を覗き込んでいた。

「悩んでいたわけではない・・すまない」
「変なこと言ってごめんなさい。神子でもいいですよ、呼びやすい呼び方で呼んで下さい」

怒った様子も無い、ただ純粋に神子が微笑んだ。

「あ、いや、神子、待ってくれ」

その微笑に、すねられるよりも心が痛んだ。
神子に悪かったという思いもあるが、それだけではなかった、
何故だか一人置いていかれたような寂しさを感じ、思わず慌ててしまう。

「神子が、いいと言ってくれるなら、その」
「・・さっきから、神子って呼んでますよ」

本当だ。呼んでいた、何度も。
私は小さく深呼吸をして、乱れた気持ちを元に戻す。

「あなたを、こんな風に呼ぶのはさしでがましいかもしれないが」
「・・・はい」

神子は、まるで危なっかしいものを見守るような顔をしている。

「望美、と呼んでも、いいだろうか」

我ながら恥かしくなる程、「望美」という言葉を口にするだけで、
心が乱れたのがわかったが、なんとか声にはにじみ出ないように、
気をかけたつもりだった。

「は、はい」

神子が私から目線を下に逸らす。赤くなった神子の顔を見て、
せっかく平常を保とうと勤めていたこちらの心も、
浮つきを抑えるのが難しくなった。

「敦盛さん、真剣な顔で言うから恥かしいよ」
「そ、そうだったか? すまない、神子に気まずい思いをさせるつもりは」
「あ、神子って言いました」

しまった。またしても同じ過ちを繰り返してしまった。

「次は、必ず呼ぶ」

私の、決意を込めた言葉に、神子・・いや、
・・望美、は、笑ってみせた。とても楽しそうに見えた。

「・・・・・」
「いきなり、喋らなくなりましたね」
「そうか? そんな」

戸惑っていて困っていて、私の今の気持ちは穏やかでなかった。
なのに、おかしいくらいにどこか心地が良かった。
不思議な苦しさ。

「そんな事はない、・・・望美の、気のせいだ」

彼女の笑顔は、ぎこちなく固まったまま、
いかにも恥ずかしそうにまた下を向いてしまった。

「・・・お願いだから、普通にしてくれ」
「私はっ・・普通ですよ!」

お互いうつむきがちに、盗み見るように、目線を合わせる。
あなたが再び、嬉しそうに微笑むから。
気恥ずかしさと同じくらいに、穏やかで暖かい気持ちが、
こんな私の体いっぱいに充満される。

以前なら信じられないような事が、あなたと居ると当たり前になる。


自然とこみ上げて来た微笑みに身を委ねて、
まだうまく使いこなせない、その言葉を、改めて、美しいと思った。



暗い敦望書いた後、反動で即効書きした文。

帰る