願い事  2008.0128



呼吸をする度、視界の隅に、白い霧が舞い上がる。

厚綿の入った羽織を引き寄せて、わざと息を思い切り吐いてみる、
湯気のような白さが、一瞬視界を覆った。

明けた視界の少し先を行く背中に手を伸ばして、腕を取れば、
白い息を吐いて振り向いた敦盛さんが、穏やかに目を細めた。


あれからもう、一つ季節が巡ったとは思えない。

この場所に居ると、ついこの間のように、感覚は蘇るのに。
あの時も、こんな息の凍る空気に包まれながら、
どうしたら敦盛さんが背負ったものを分けてもらえるのか、
考えてかんがえて、解らなくて、傍に居る事しか思いつかずに、

彼の手をただ握り締めて、祈った。


「ここで」

呟いて、敦盛さんの腕をつかんだまま立ち止まる。

「敦盛さんが消えちゃったんだよ」

振り向いた彼に笑って、腕をさらに強く握った。


私の傍で、心から笑ってほしい、幸せになってほしい。

都合の良い願いは、敦盛さんを苦しめたのだろうか。
それは今も解らないけれど、私は今も、
あなたの腕にしがみついて、同じ願いを抱き続けている。


決まりが悪そうな笑顔の後、敦盛さんが、ふと真面目な顔をする。
ぶら下がる私の手をゆるりと握って、敦盛さんは距離をつめた。


敦盛さんの息が白く濁って、顔のすぐ傍を通る。
抱きしめられた温度が心地よくて、腕の中で、
さらに顔を寄せた。


「そして、ここでまた、敦盛さんに会えたの」

彼がうなずいて、ひとつ、私の髪を撫ぜた。


「あなたが好き」

押し付けた頬に、敦盛さんの規則正しい鼓動が、確かに伝わってくる。


「どうして神子は、私などを選んでしまったのだろうな」

優しい口調の柔らかい声に、強すぎるくらいにしがみつく力を強めた。
いっそ痛ければいいと、敦盛さんの肩をじっと睨む。


「そのように言われては、離れられなくなる」

掴んだ手を離して見上げたら、敦盛さんが悲しげに笑った。
彼の両手が私の頬を包む。 ひやりと冷たい。


「一人、抱く想いなら、去ることも出来ただろうに」


敦盛さんが引き寄せ終えるのを待たずに、両腕を彼の首に回した。

柔らかい唇はただ生気に満ちているように暖かくて、
ふと全てを忘れてしまいそうになる。



「貴女が、好きだ」

敦盛さんの瞳に宿るのは、
諦めたような弱さと、開き直ったような強さ。

その瞼に触れて、そっと引き寄せて、敦盛さんの髪を一つ撫ぜた。


この願い事から、あなたから手を離すのが、正しい事だと言うなら、

私は間違えたって構わない。


きっと、これからも私は、あなたを抱きしめて、
同じ願いを抱き続けていく。




ラヴいの書こうとした筈なんだけど、おかしいな暗いな・・。

 
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