初夏の休息  2008.0713




歩みを進める程に近付く涼やかな音、
空気がしだいに水を含んできて、少しだけ、僕の体を心地良く冷やした。

「・・・川?」

背後から、草を踏む音といっしょに聞こえた千尋の声。

「来れば解るよ」

千尋の回答は正解だった。考えるよりさきに返した自分の言葉を、
気にも留めず歩く。とぎれがちな音は、はっきりとせせらぎになる。
太陽を遮っていた木々の間から、にわかに光がこぼれた。

「わぁ、こんな所に・・・」

後ろで、驚いたように浮かれた声。森の中に川がある事など、
さして珍しい事でもないだろうに。

川辺と川にはっきりした境界線は無く、川の水が地面に滲みているここは、
空気がひんやり冷たい。エアコンも何もないこの世界では、
うまくこういう場所を見つけないことには、やっていられなかった。

座り心地が良さそうな、水気のない岩を探して、川べりを眺めた。
あぁ、今日は千尋が着いてきたから、二人座れる所を探さなきゃ。

・・・めんどくさい。やめた。

一人分、座れる場所なら、さほど探さなくても発見できた。
目の前にあった、湿った地面を覆う岩に腰を下ろすと、
嬉しそうに川の水に手を伸ばす千尋が目に入った。

「・・頼むから、足滑らすとか、面倒な事起こさないでくれよ」
「大丈夫だよ、水、すごくきれいだし」
「なんだよそれ、落ちる気満々?」

規則正しいせせらぎを崩して、ぱしゃぱしゃと、
軽やかな音を立てて千尋が水を宙にかき出した。
太陽の光をうけて、しぶきが光る。

「落ちたって、僕は知らないぞ」

ため息混じりに顔をしかめてそう言っても、
僕の話を聞いているのか、聞いていないのか。
川に顔を近づけて、魚が居るだの何だのひと騒ぎして、
やっと気が済んだように、満足げな笑顔で千尋がこちらに戻って来た。

そのまま僕の方にまっすぐやってくると、真横に屈もうとするものだから、
二人座るには狭い、その不足分のしわ寄せは、当然、僕にやってくる。

「おい、ここに座る気?」
「うん。那岐、ちょっと寄ってくれる?」
「何でだよ、ほら、座る場所ならそっちにもあるじゃないか」

少し離れた所にある岩を指差したら、そちらをちらりと、一目見て、
千尋は再び、こちらに顔を向けた。すねたような顔で。

「どうして、そういう冷たい事いうの?」

いや、冷たい事、っていうか。

「ここに二人は無理だろ」
「大丈夫だよ、那岐が詰めてくれたら」

そういう狭い思いが嫌なんだけど、と言うより先に、
強引に千尋が僕の隣に割り込んでくる。
容赦なくぶつかってくる肩が柔らかかった。

「ほら、ね?」

どこか、勝ち誇ったように笑う千尋の顔は、あまりに至近距離だ。

「ほら・・って、これは成功な訳?」
「だって、座れたじゃない」

もぞもぞと、体制を整えて千尋が動く度に、僕の体に感触が伝わった。
こいつ、どこまで何も考えてないんだ。
自分が女だという自覚が無いのか、僕が男だという認識がないのか。

どっちにしたってこんな状態で、落ち着いて休める筈がない。

僕が突然立ち上がったものだから、千尋はバランスを崩して倒れかけて、
小さく悲鳴をあげた。

「もう! ビックリした、いきなり何?」
「僕はここに休みに来たんだ、椅子取りゲームしに来たわけじゃない」

千尋に背をむけて、髪をかきあげたら、浮かんだ汗が額を冷やした。
それとは対照的ににわかに熱い、自分の頬。

調子の狂った僕を気にもせず、もう〜、座れてたのに、なんて、
後ろで呑気に言ってる千尋に、無性に腹が立った。


今度、千尋がついて来るなんて言い出した時は、何が何でもまいてやる。
二度と連れてくるもんか。

誓いながら、とりあえず今は、二人が座れるスペースを僕は探した。
思いっきり、余裕を持って座れる場所を。



甘くないっていうか、もはや、
那岐×千尋かどうかも怪しい一文。

 
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