桜雪20090321



小さなちいさな薄紅色の花びらが、いっせいに生き生きと揺れる様は、
瑞々しい生命に溢れて力強いのに、儚くひたむきだ。


美しさに、息が奪われる。


俺も千尋も、一言も話さずに、その光景をただ見つめていた。
その沈黙は、まるで空気のように軽やかで暖かくて、

素直に、幸せだと思った。


「忍人さん」


桜を目の当たりにしてから、初めて聞く、千尋の声。
ぽつりと呼ばれた名に、黙ったまま、続きの言葉を待った。


「来年も見に来ましょうね」

俺を覗き込んだ千尋の顔は、穏やかに笑みをうかべながらも、
真剣な目。


「なんですか?」

異議のある顔でも、俺はしていたのだろうか。

俺を不思議そうな顔で見た千尋に少し笑って、
桜の花の一つひとつに、今度は目をむけてみる。


「第一声が、それか」
「変ですか?」

首をかしげた千尋の髪が、ふわりと風に揺れる、一緒に、
花びらが雪のように、静かに舞った。

「変ではない、けれど」

その光景がとても幻想的に映って、目を細めた。
上の空になった返答に気づいて、気持ちを立て直して、
少し、姿勢を正す。

「そういう台詞は、桜を堪能した後で、最後に言う事だろう」

言いながら、どうだっていいことのようにも思えたけれど、
眩暈がおこりそうに、美しい桜の中、
何かを話さないといけないような衝動にかられた。

「そうかも」

恥かしそうに笑った千尋をつい、見つめる。

「でも、すぐ伝えたかったんです」

不意にまた、真剣になる瞳に、黙り込んだ。


「とっても大切なことなの」


眩暈がするくらいに、この桜が綺麗なのはきっと、
桜のなか、そんな風に笑う君のせい。


胸に灯った確信に、表情がうまくうごかなくなる。
ぎこちなさを見られぬように、顔をそらして、
君が含まれない桜の風景をぼんやりながめた。


「千尋」

呼びかけに答える声は無かったけれど、
やわらかく、千尋が動いた気配を感じた。


「来年も再来年も、そのつぎも、ずっと」

目を瞑れば、花の香りと千尋の気配だけが、体に残った。

「俺も、君とこうして」

自分の手を包んだ温もりに目をあけた。
俺の手に手を添えて、隣に寄り添う気配。

目を向けないまま、しっかりその手を握り返して、
そっと微笑んだ。


「この桜が見たいと思う」


今、千尋を見たらきっと、思い切り抱きしめてしまう。


さらに寄り添った君の気配に、その衝動が少し強まって、
遠くに見える人影を少し恨む自分の幼稚さに、内心呆れる。


握った手の大切さを、少しでも君に伝えたくて、言う事を捜したけれど、
優しく、たくましく微笑むように散って舞う桜に包まれて、
どんな言葉もあっけなく感じたから、


ゆっくり、隣に目をむけて、空いた方の手を君に、伸ばした。




桜の季節なんで忍人さん。盛り上がりがない。

 
 

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