月明かり(後半)  2008.0712



触れることに、ずっと躊躇いを感じていた。
穢すのを恐れていた事もある、けれど、多くを求めれば、

全て消えてしまう気がして恐ろしかった。


神子の頬をそっと撫ぜる、小さな感覚も逃さないように、確かめるように。
先程触れただけで離した貴方の唇が、ほんのりと笑みの形をとった。

吸い込まれるように、再び唇を重ねた、柔らかい感触、
その感覚があまりに心地良くて、つい貪欲になる。
深く、深くなるその行為に、神子が言葉にならないかすかな声をもらした。

苦しかったのかと、慌てて唇を離して様子を伺う、
至近距離で合った神子の目が、あまりに潤みをおびていて、
自分の体に、熱がはしるのが解った。

重なったまま体を横たえて、無防備さが増した神子の姿によぎる罪悪感を、
振り払うように、瞼に、頬に、唇を落とす。
その度に、触れたい衝動に拍車がかかっていく、

神子の髪を掻き退けて、首筋に口付ける、頭の芯がうずくような香りがした。
誘われるように、なめらかな肌に舌を這わせると、
小さくはねるように、神子の体が強張った。

その、小さな反応をとどめておきたくて、
柔らかい曲線を帯びた体に触る。掌に伝わる柔らかさ。

自分が自分でないような気さえするほどに、止まる事無く、
貪欲になっていく気持ち。
髪の匂い。 首にしがみつく腕。 吐息と一緒に零れる甘い声。
それを拾うように、何度も重ねた唇と、その奥の感触。 

聞こえるもの、触れるものすべてがどうしようもなく色めいて、
何も考えられなくなる。
重くて目障りな、自分の腕にとりついた鎖からさえ、目を逸らして。


ただ、あなたを愛している事しか、解らなくなる。


乱れきって、腰にかろうじて巻きついている神子の衣服を、
厳かな儀式でもするような気持ちで、そっと解いた。

ふと、少し落ち着きをとりもどしたように、心が静かになる。

本当に、こんな事が許されるのか。
頭の隅でしおれていた理性がふと浮かんだけれど、

目の前に現れた一糸纏わぬ神子の姿から、思わず目が逸らせなくなった。

「見、すぎです・・」
細い両腕で躊躇いがちに体を隠して、かすれた声で神子が言う、
我に帰って、どっと気まずさが押し寄せる。
「す、すまない、つい私は」

思わず体を起こそうとしたら、慌てて神子が私の首に手を回した。
「ごめん、敦盛さん、離れないで」

お互いの温度がじかに触れ合って、しっとりした肌の熱を共有する、
髪を掻き抱いて、すぐ傍にある肌に口付けると、香りまで移り合って、
ひとつに溶け合える気がした。

強い衝動に身をまかせようとしたと同時に、突然恐怖心が割り込んでくる。
溶け合える気が、した。 本当に・・

本当に許されるのか?


「敦盛さん・・?」

神子を抱きしめたまま、動けずにいた私に、不安げな神子の声。
体が、止まらないくらいに熱い。なのに結界の外にいるように、
私は動けなかった。

神子が、私の頭を不意に撫ぜた。子供をなだめるように、
優しく、とても暖かく。

「お願い」
耳元に、囁くような大きさの声が、かかる。小さな声。

「離れないで・・」

小さいけれど、その声は、どんなに大きな音よりも、
私の心を溶かしてしまう。

大切な戒め事までも。

「離れられる、ものなら、最初から」

神子の首筋に顔を埋めて、全てを振り払うように、
本能にまかせて強くその肌を吸う。

「あなたに触れたりしなかった」
罪だと知っていたのに、触れてしまった。 

愛していたのに。 愛していたから。

その思いは、何度か、声になって出たのかもしれない。
抱かれながら、貴方は時々私の頭を掻き抱いて、


乱れた呼吸の隙間から、それと同じ言葉を呟いた。






「月の、ようだと」

部屋を染める月光。障子からの光をぼんやり見つめる。
一人で見つめていた先刻が、遠い昔に思えた。

私の、独り言のような言葉に、腕の中の神子が小さく動いた。
こちらを見上げて、微笑んでいる神子に、笑いかける。

「いつも、あなたは月のようだと、そう思っていた」
「私が?」

意外な言葉をうけたように、目を大きくした神子の額に、唇で触れて、
そのまま、再び腕の中に神子を閉じ込めた。思わず曇ってしまった自分の表情を、
見られないですむように。

どこまでも清らかで、歪みなく丸くて美しく、優しい。
決して、さわることの出来ない、月のような。

そんな貴方を腕の中に収めている自分。正しいのかどうか、などと、
誰かに問われれば、答えは迷うまでもなく解っていた。
なのに、私は。

全てから目を逸らしたいくらいに、どうしようもなく幸せで。

「敦盛さん、私は」

神子の声が、体に響いて聞こえた。私の腕から抜け出すように体をずらして、
顔をのぞきこむ、何の曇りもない顔で、貴方が笑う。

「ずっと、敦盛さんは月みたいだって思ってました」

あまりにも予想だにしなかった言葉、私は神子の顔を凝視した。

「私・・が?」
「さっきの私と、同じ反応」

おかしそうに、くすくす笑う神子から、今だ目を離せない。

「私は違う、そのようなものでは・・」
そっと神子の指が、私の否定の言葉を遮るように、唇に触れた。

「静かで、優しくて、繊細そうなのに、どこか強くて」
水が流れるように、紡がれる言葉。

「控えめな光なのに、しっかり、私を照らしてくれる」

神子が、手を、月明かりに透かした。白く透き通るような肌。
「敦盛さんみたいだって、思ってた」

それだけ言って、頬を私の胸に押し付けて、眠るように、神子が目を閉じる。

「不思議な事を、言う人だな」
寄り添って甘える神子が、どうしようもなく大切で。
眠りを妨げぬよう、そっとその体を抱きしめる。

大切に思う程に、壊してしまう、この、逃げられないさだめさえ、
あなたの声は、包み込んで浄化してしまうのではないかと、

そんな都合の良い事を思わず願ってしまう。

ふと目をあけて、神子が私を見上げた
「月と一緒に、朝になったら消えちゃうとか、無しですよ」

不意の言葉に驚く。神子の眠そうな目に不安が揺らめいていた。

「私は、月ではない。消えたりしない」

微笑んだ私を見て、神子が安堵したように、再び目を閉じた。
そのまま落ちるように眠ってしまった神子の寝息が、かすかに響く。


「・・傍に、居たい」


朝が、何度来ても。 あなたの傍に。


あなたを追いかけるように、私も目を閉じる。
夢の中のあなたに、この願いは届くだろうか。



えろを書こうと思いましたが恥くて無理だったので、
訳のわからない表現で誤魔化すというズルを決行。

 
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