歌の名前


聞きなれない旋律
言葉の所々に知らない言語が混じっている。神子の世界の歌なのだろう。
こう言っては失礼かもしれないけれど、耳に心地の良いものではなかったけれど、
楽しそうな声と後姿にこちらまで幸せな思いが溢れた。

無造作に足を気持ちよさ気に投げ出して座る神子は、小さな少女のよう。

「え、永泉さん!」

声をかけずにその声を微笑ましく聞いていた私の気配に気づいて振り返った神子が、
目をおおきくして私の名を呼んだ。

「いつからそこに居たんですか!?」
「少し前からですが・・お声もかけずに失礼いたしました」

それはいいんだけど、と言いながら神子が居心地の悪そうな様子でうつむく。

「歌、ききました?」
「はい、とても明るい歌声で、思わず聞き入っ・・」
「もう、うそ! 下手だったでしょう」

すねるように見上げる神子の視線に、一瞬返す言葉をつまらせた。

「い、いいえ! そんな事はございません!」
「永泉さん、ちょっと困った顔してましたよ」
「そ、そのような! そんなことは・・!」

ふっと、神子が吹き出して、そのまんま口元を押さえながら笑った。

「神子?」
「ご、ごめんなさい、困らせちゃって、冗談です」

あまりに明るいその笑顔に、焦る気持ちがいっきに薄れた。

「ね、ちょっとここに座っていきません?」

隣をぽんぽんと叩く神子に微笑んで、軽く一礼をした。

「あの、では…失礼致します」

誘われるままに腰を下ろせば、隣から柔らかく楽しげな笑い声が小さくきこえた。
暖かな日差しの混じる空気が肌に心地よい。

「先程の歌は、神子の世界の歌でしょうか」
「うん。かわいくて大好きなの」
「ええ、とても楽しそうに歌われておりましたので、私まで幸せな気持ちになりました」
「ほんとうですか?」

勿論本当ですと、言った私を覗く神子の髪が、日差しを受けてさらさらと艶やかに光る。
嬉しそうにほころんだ口元に目をやって、何故だかその愛らしさに気まずさをかんじて、
目を逸らし、話を続けた。

「何という名前の歌なのですか?」
「・・・え?名前?」

何気なくした質問。居心地の悪そうな神子の反応に首をかしげた。

「どうかなさいましたか?」
「あ、ううん、何でも、ええっと」

照れをかくすように神子が気まずそうに笑った。

「はじめての、チュウ」

つじつまの合わない言葉の合体に、不思議な感覚を覚える。

「はじめての中・・」

少し頭でその言葉を噛み砕いてみたものの、その名が表さんとする意味は益々解らなかった。

「始めなのか、最中なのか解らない、不思議な言葉ですね」
「あの、違うんです」
「違うのですか・・では、どんな」

神子の頬が赤いことに気づいて、問いの言葉を思わず止める。

「み、神子!?あの・・!」

座ったまま少し後ずさった。

「申し訳ありません! なにか私、おかしな事を聞いてしまいま…」
「ち、ちがうよ!違うの!」

離れた私を引き止めるように神子が手に触れた。

「永泉さんはなにも悪くないの、戻ってきてください!」

握られた手首が、柔らかくて鼓動が早くなった。

「は、はい」

ぎこちなく足をひきずって、再びもとの位置に戻り、座りなおす。
静寂の妙な重さとはうらはらに、風が軽やかに私達の間をすり抜けてゆく。

「はじめてのチュウの、チュウっていうのはね」

突然戻された話の内容に、少し遅れて、はい、と返事をした。

「キ・・えっと、口付けのこと」

神子が俯いて恥かしそうに笑った。まだ少し赤いその頬から私は慌てて目を逸らした。

「おかしいよね、私、ただの歌の名前なのに照れるなん・・」
「も、もも申し訳ございません!!」
「え!? 何で謝るんですか!?」

驚いた声の主を見ることも出来ずに、自分の無知な問いかけを思い出しては、
羞恥で身の置き場をなくす。

「もう…」

困り果てたようにゆらぐ神子の声に我に返って顔を上げた。

「せっかく頑張って普通にしようと思ったのに」
「そ、そうですね、私がこのような態度では、神子の配慮を台無しに…」
「そうじゃないです、そういうイミじゃなくて」

小さく笑って神子が膝もとの短い着物の裾を整えるようにはらう。

「二人なら、恥ずかしがってても安心ですね」
「え…?! あんしん、ですか?」
「だって、一人で恥ずかしがってたら、余計に恥かしいじゃないですか」

自分の言葉に自信を無くすように、小さめの声でそう答えた神子が、
俯きがちに、それでも私をちらりと、上目に見る。頬が未だ、少しだけ赤い。

「そう、ですね」

胸が締まるような思いを持て余す、その様子に思わずみとれた。
そんな乱れた気持ちを整えるように私は背筋をのばすと、
沈黙を避けるように神子に言葉をかける。

「二人なら、気兼ねをする必要はございませんから、その、安心です」

あまり考えを巡らさずにかけた自分の言葉が、自分自身に不自然に響く。
なにか失礼があったのでは、と、少し不安を感じた私を包むように、
神子が楽しそうに笑った。

「そうだ! 永泉さん、この歌、笛で吹けますか?」
「笛で、ですか?」

思いもよらなかった神子の依頼に、つい戸惑う。
私の態度を拒絶と取ったのか、照れをかくすように神子が笑った。

「全然この世界の音楽とリズム違うし、駄目ですよね」
「いいえ、神子。 やってみましょう」

取り出した笛を神子が驚いた様子で見つめた。

「もう吹けるんですか!? 永泉さん、まだ一度しか…」
「はい、ええっと、多分大丈夫です」

先程の神子の明るい歌声を、目を閉じてそっと思い出す。
記憶に残る音を辿って笛に乗せる。響いた音と共に、
無邪気な神子の後姿を思い出し、穏やかな気が満ちるようだった。

「ど、どうでしょうか」

目を開けると、神子のぽかんとした表情が飛び込んできた。
驚いた様子、自分の演奏が成功だったのか失敗だったのか、
判別しがたい反応。 不安を感じてそんな神子を見つめる。

「す、すみません、あの、やはり私の笛では」
「ちがうの、違うんです、一度聞いただけなのにすごいです、でも」

突然、神子が声を出して笑った。私は神子の考えが見えず、
ただそんな神子を見守った。

「私の音痴な歌を、そのまんま綺麗に吹いちゃうんだもん」
「…え!? お、おんち、などと、そんなことは」

呼吸を落ち着けるように神子がふうっと息をつく。
笑顔に悪戯をするような色が混じった。

「そんな事言っても駄目ですよ、笛はとっても正直でした」

返す言葉を無くし、どうしたらいいか解らずに俯いて、
笛を握り締めた。 

「永泉さん、こっち向いてください、いいんです!」

焦ったような神子の声に、顔を上げる、目が合うと、
神子が何の取り繕いもないような素直な笑顔を見せた。

「私、ちっとも気にしてませんから」

失礼なことをしてしまったというのに、つい、その明るさにつられて、
心が早くも軽くなる。

「今度、詩紋君に歌い直してもらいましょう」
「ええ…でも」

きょとんとした様子で神子が私を覗きこんだ。
微笑をかえすと、不思議そうな目はそのままに、神子がつられるように笑う。

「神子の歌う、この旋律を正す必要は、無いと思います」
「でも、もっと可愛くて良い歌なんですよ」
「あの、でもこのままでも、十分に」

思わす、真っ直ぐ向けられる神子の目から、にわかに視線をそらした。

「可愛らしいかと…」

自分自身の言葉に、頬が一気に熱くなるのがわかった
うつむいたまま、神子の反応を見る余裕もなく笛を持ったままの手を握り締める

「歌が、ですよね?」
「え? そ、そうなのですが、ええっと」

神子のおずおずとした口調に思わず慌てて顔を上げたものの、
告げたい気持ちは、うまく組み立たずに胸につかえた。

「ありがとう、永泉さん」

私の言葉を待たず、神子が嬉しそうに笑った。


あなたが紡ぐ歌だから、愛らしいのだと。
伝えられない言葉を胸で燻らせたまま、そんな神子に、
自分も引きずられるように微笑む。


いつか伝える事ができたら・・・そんな事を浮かべて我に返る。

焦るようにかき消した思想にため息をつけば、
不思議そうに神子が私を覗きこんだ。




何書きたかったのかわかんねー。
勝手にあかねを音痴にしてすみません。音痴という言葉が京で通用するのだろうか。
初めてのチュウ、最近の若い子は知らなかったりする?
初めてのチュウ〜きみとチュウ〜♪っていう。未だに誰の歌なのか知りません。