続・優しい光 後編




私の肩をささえたまま、視線を私の後ろに逸らすと、永泉さんが手を後方に伸ばした。
その拍子に、頬に当たった永泉さんの体の温もりが、心地よいのに、思わず緊張がはしる。

程なくテレビの音がぷつりと切れる、リモコンを取ったのだろう。

しんと、静まり返った部屋。
ゆっくり離れようとした永泉さんの肩にすがりつくように、
私はその背中に腕を伸ばした。

リズムの早い心臓の音が、永泉さんのものなのか、
自分のものなのか、混じり合って解らない。


「あのっ・・・! み、みこ」

まるで怯えるように、私の肩から手を離して、永泉さんが、
キーがはずれたような声を出した。

「テレビを消したのはその、そういう事ではなくてただ、
ひどく耳に障る気がしまして、だからその、私はお返事を聞かぬ内にそんな・・」

言葉を、永泉さんが途中で戸惑うように止めたのは、多分、
私が、永泉さんの腕の中で、思わず笑ったのが伝わったから。

「そのような、事を、するつもりは・・・神子?」

黙って、永泉さんの腕の中、頬をよせる。暖かくて、永泉さんの匂いがして、
私の知るどんな場所よりも、私に優しくて心地が良い。

頭をふわふわと、ぎこちなく撫ぜられる。背中をささえられて、
私と永泉さんの隙間がきゅっと詰まる。

「神子、お、お返事を、おねがいします」

聞こえた声に、私はすこし、彼のその几帳面さをうらんだ。

「・・・言わなきゃだめですか」
「はい、申し訳ありません!」

恐縮しきった声に密かに顔をしかめて、掴んだ背中に、
さらに強くしがみついた。

「神子! ちょっと・・」
「な、なんですか」
「あのっ! お返事を、お聞きしたいのですがっ」

引き剥がすように肩をつかんで、私を押し戻すと、
弱り果てたような真っ赤な顔で、永泉さんはわたしをみつめた。

「もう! 言わなきゃわかんないんですかっ!」
「こ、このままでは、あなたの意思に沿わずとも止まらなく・・」

ふたり重なり合った声に、同時に、言葉をうしなって、
静寂の中、ただ見つめあった。


永泉さんが、どこか気が抜けたように、緩やかに笑う。
私は、つられ笑いをうかべながら目をそらして、うまく使えない言葉の代わりに、
永泉さんの服の裾を、ぎゅとつかむ。

永泉さんが、私をじっと見下ろす気配がした。

恥かしくて顔をあわせられなくて、でも、ひどく心細い気がして、
とても、永泉さんの顔が見たくなって、ゆっくり顔を上げる。


優しい空気に満ちた彼と目が合うと、白い光で胸が真っ白になった気がした。
不安も恥かしさも、その光にとけて消えて、ただ、

「あのね、永泉さん・・」

ただ、胸にあるのはこの気持ちだけ。でも、喉がつまったように、
うまく声が出ない。

ふわりと頬を撫ぜられて私は目を伏せた。

「何故・・・泣いているのですか?」

永泉さんの優しい声に目を丸くしたけれど、喉に、鼻の奥に感じる味は、
紛れも無く、覚えのある涙の味。

「な、なんでだろ、変なの、私」

包み込むように引寄せられて、暖かさに胸が締め付けられて声が止まる。
私の髪を撫ぜた永泉さんの手は、さっきよりも滑らかだ。

「私、怖いとか、いやとかじゃ、なくて」
「はい、神子・・・解っています」

静かでしっかりした声が、私の体を伝った。


「解って、います」


その声がくすぐったくて、目を閉じたら、雫が頬を伝った。
涙をすくうように永泉さんの唇が、瞼に、頬に触れる、
腕の中、甘い感覚につい身をすくめながらも、その行為を繋ぎとめるように、
わたしは永泉さんの背中にしがみついた。


手を繋いで、短すぎるベッドまでの距離を歩いて、
二人並んで腰掛けて触れ合わせた唇は、まるで、
はじめて交わした口付けのようにはりつめて、閉じた瞼が震えた。



見慣れた部屋が、海の底みたいに静かに、優しく揺らめいた。
怖さと安堵感が混じりあって、私を包みこむ。


よく知っているつもりだった、大好きな永泉さんの柔らかい目が、
見たことの無い色に変わる。すこし不安になるのに、
受け止めきれないほどの感覚に意識が薄れる中、

もっと、それが見たくなる。







先程と同じコタツの場所に、二人寄り添って、言葉も無く座る。

その静寂は普段よりも少し重たくて、ちらりと見た隣の、
俯いた横顔は、どことなく強張って見えた。

いつも、何無くやっている、ただ声をかけるだけの事が、
今はやけに思い切りが必要なことに思えた。

「永泉さん・・」
「はい!」

すぐに返事は返ったものの、その顔は横顔のまま。

「えっと、私・・」
「は、はい・・」

少し勇気をだして、永泉さんの顔を、正面から覗き込む。

「なにか、変なコトしましたか?」

永泉さんの、ただでも大きな目が、さらに大きくなって、
困惑したように私を見つめた。

「変・・なことなど、何も!!」
「本当?」
「はい! へ、変どころか神子はとても・・」

声を切らして、永泉さんの顔は再び強張った。
私の目線から逃げるように顔を逸らした彼に、
胸が不安でしめつけられる。

「だったら、何で、こっち見てくれないの?」
「え!? あ・・」

こっちを、見てほしかったくせに。

驚いた顔でこちらを向いた永泉さんから、
にわかに目をそらした。

「神子」

名まえを呼ばれただけなのに、何故だかやけに緊張する。
ちらりと見た永泉さんは、すまなさそうに弱々しい目

「なぁに」

なんとなくすねたいような気分になって、再び目をそらす。
永泉さんは何も悪いことなんてしていないのに。

もっと。もっと甘くて柔らかい空気が漂うんだと、思ってた。
勝手な、自分の夢みたいな想像に、永泉さんを付き合わせるなんて。

こんなの、わたしの我がままなのに。

「神子、どうかこちらを向いて下さい」

弱々しい声に胸が痛んで、謝ろうと顔を上げた、けれど、
はっきりと真っ直ぐこちらを向く永泉さんに、思わず黙る。

「申し訳ありません、どんなお顔を向ければいいのか解らなくて、その」

必死に揺らぐ目を押さえるような視線が、危なっかしくて、
こちらも目が逸らせなかった。

「つい、お顔を見れずにおりましたが」

一瞬逸れた目を思い直すように合わせた永泉さんは、
ちょっとぎこちなく、微笑んだ。

「先程の神子は、とても可愛らしくて、私は・・」

自分の顔が熱くなるのがはっきり解った。

「なっ・・なに言ってるんですか!」

怒りなんて感じなかったけれど、恥かしさで、
つい口調が強くなった。

「す、すみません、でも本当に神子は」
「もう! 永泉さんのエッチ!」

怯まずさらに言葉をかぶせようとした永泉さんに、
勢いに任せて言ってしまった自分の言葉に、さらに私は気まずくなる。

一瞬、きょとんとした後、永泉さんの顔が騒がしく焦った。

「す、すみません!! そんなつもりでは・・」

見る見る顔を赤くして永泉さんがうつむく、泣き出しそうなその勢いに、
私も負けず劣らず、焦って、

「ご、ごめんなさい! 永泉さん、あの」

永泉さんの袖の端を引っ張る、驚いたように震えた永泉さんの手。
先刻の記憶の中で見た手と同じだと思うと、胸が少し高鳴った。


「こっち向いて?」


自分の声が、予想外に、甘く思えて、恥かしくなった、けれど。
顔をあげた永泉さんの表情が、まだ赤くはあったけれど、少し鎮まる。


やっと二人、きちんと見つめ合えた気がした。


「本当に、神子は・・」

糸が切れたように、永泉さんが私を抱きしめた腕は、
突然で、思いのほか強かったけれど、
柔らかくて暖かな空気に満ちていた。

続きの言葉を待つように、わたしは、そっと目を閉じて、

優しい気配に頬を寄せた。





テレビはむしろ、お隣に聞こえないよう、
つけなきゃいけないと思うのですが・・(リアルなこと言うな)
永あかは、うまく進まない。ウザイ!! 自分で書いててウザい!!