おくりおおかみ20090429



「そう、怖い顔をしなくてもいいだろう」

ふわりと、泰明の鋭い目線を包んで友雅が笑った。

「泰明さん、怒ってるの?」
袖にすがって、自分を見上げるあかねに、泰明は表情を変えず、言葉をかける。

「今のお前は、酒気を孕んで正気ではない」
「そんなことないです、わたしは正気です」

普段は、ほんのりとにわかに薄桃の色を取る頬が、上気して赤い。
すねるようにしかめた目は水気を帯びて、光ってみえて、

神子が否定をしようとも、明らかに酒に酔っている。
泰明は下した判断を口にするのは無意味だと考え、ただ黙って、
神子を酔わせた張本人であろう友雅の笑顔に視線を戻した。

「名残惜しいが・・そろそろ神子殿の隣をあけ渡さなくてはならないようだ」
「となりを?」

袖を持ったまま、すこしふらつく足取りで友雅のほうに体ごと目をむけたあかねを、
泰明の腕がいささか強引にひきもどした。

「さあ、行きなさい、あまり泰明殿を心配させるものではないよ」
「しんぱい?」

自分の腕の中で、泰明を見上げて首をかしげたあかね。

「しんぱいしてくれるんですか?」

瑞々しい果実が、つぶれて、甘い果汁をしたたらせるように、
笑ったあかねは甘くて、甘すぎて、泰明には怪しくもみえた。
その様子からなぜか、泰明は視線を逸らせない。

「今のお前は、本当に正気ではない」

先程よりも戸惑いがちな色を含む泰明の声に、友雅が、楽しげに笑った。

「・・・・何故笑っている」
「泰明殿、神子殿を送ってさしあげなさい」
「お前に言われなくとも、送る」
「気をつけて、くれぐれも」

ぐいっと、泰明は友雅に腕をひかれて眉をひそめた。

「おくりおおかみにならぬようにね」

耳元で、自分にしか聞こえぬような小さな声でそう言った友雅を、
泰明は、さらにひそめた眉を強めて見た。

「言葉の意味が解らぬ」
「神子殿に聞くといい」
「なにをですか?」
「神子は黙っていろ」

あかねの肩を掴んで、そのまま、友雅の居た部屋の出口に向かう、

ひやりとした空気の漂う屋外に出ると、あかねが小さく笑って、
泰明の腕にすがりつく、じわりと甘い感覚が、泰明の胸を突いた。

酒に酔った神子は特にこれといって、害を為す行動を起すわけではない、
それどころかその様子は、いわゆる、可愛らしいものだろうに、
泰明は、あかねを見つめながら考えを巡らせる。

この、まとわりつく危機感は、何だ。

思い出したように楽しげに、あかねが再び泰明を見上げる。

「さっき、友雅さんに何を言われたの?」
「おくりおおかみになるなといわれた」

潤んだ目を、大きくした神子に凝視されて、
泰明の中にある疑問がさらに強まった。

「おくりおおかみとは何だ?」

神子に聞けというからには、神子の世界の言葉なのだろう。
適切な人物に適切な質問をしたつもりの泰明は、しかし、
神子のたじろいたような表情に、見当違いな行動だったかとしばし悩む。

「おくりおおかみって、いうのはね」

心当たりがあるようにみえる、けれど、少し口ごもるあかねを、
泰明は不思議に思ったけれど、知っていても表し難いことがあると、
最近学習した泰明は、答えを急かさずただ、あかねの声を待った。

「無事に家に帰すために、送ってくれた人が」

まさに、今の自分の行動。思いながらも、口を挟まず、
じっとあかねを見て次の言葉を待つ。

「逆に、襲っちゃうこと」
「襲う?」

思わず驚いて聞き返した泰明に、あかねは、
やっぱり解らないですよねと、笑った。
酔った神子はよく笑う。そんな新たな情報を心に刻みながら、
泰明はあかねの言葉に異議を持った。

「意味は解る。私が神子を襲う筈がない」
「襲うの意味がちょっと違うの」
「違う? ではどういう意味だ」

再び口ごもって、困ったように泰明に笑ってみても、
泰明は質問の手を緩める気は無さそうな様子。

「襲うは、襲うでも、男女の話で・・」

泰明の腕を放して数歩先をあかねが行く、自由になった腕に物足りなさを感じつつ、
あかねの”おくりおおかみ”の説明を泰明は聞いたけれど、
ますます解らぬ事を言ったように思えた。

「男女に限って使用する言葉か?」
「うん。 そう・・・・それでいいわ」

普段よりも高ぶったような、明るいけれど甘いあかねの声。

立ち止まって、泰明を誘うように振り返って、あかねが笑う、
やはり、不穏なくらいに甘く泰明には感じられた。

ぞくりとたちあがった危機感と、欲求。

触れたいと、そう思うのはいつものこと。けれど、
今のあかねに感じた”触れたい”は、乱暴にもおもえる程、強い。


あかねに手が届くほどに、近づくと、招くように笑った少女を、
泰明は何の前触れも無く抱きしめた。


「・・・泰明さん?」


鼻をついた甘い匂いは、あかねが焚き染めた香の所為ばかりではない気がした。
髪に唇を押し当てる、さらさらとして、さらに甘い匂いがした。
いつもより濃厚に思える動きに、あかねの意識が少し覚める、

酒気とは違う熱が体に上った。

「や、泰明さん、ちょ・・」

背中を撫ぜる手も、感触を確かめるように、繊細で、
ぞくぞくして思わず、腕の束縛から逃れようともがいたけれど、
どうしても、手放すのがいやだと思った泰明は、腕を解かずにあかねを見つめる。

ああそうか、危機感は、神子からうけるものではなく、
神子を見て、自分の内に生まれる衝動から出ていたのだ。
そんなことを冷静に分析しながら、まだ赤さの残る頬で困った顔をするあかねに見とれた。
益々、泰明の衝動を押さえられなくする、あかねの様子。

「こ、これじゃ、ほんとに、おくりおおかみじゃないですか」

引き離すために掴んでいた泰明の服の裾を握ったまんま、あかねは、
自分を拘束するものを、どうする事もできずに見上げた。

「私は神子を襲ったりしていない」
「こういうのを、襲うっていうの!」
「いやなのか?」

ただ、真剣な目で問われてあかねは言葉をうしなう。

頭が酒のせいか、他のもののせいか、じんじん疼いた、
目が、きちんと見えているのにぼんやりした印象。

「嫌じゃないです」

術にでもかかったみたいに、あかねの口から勝手に言葉が滑り出る。
ふわりと、再びあかねを包んだ泰明の腕に、はっと意識がはっきりした。

「ならばいい」
「え!? ちょと、何がいいんですか!?」
「おくりおおかみの意味など」

耳のすぐ近くで泰明の声を聞く。いつもの楊抑の薄い声色に生々しさを感じて、
緊張が走って、袖を掴む手に力が篭る。感じた息がくすぐったくて、肩をすくめた。

「どうでも良い」

熱っぽく、少し揺れた泰明の声に、一瞬絶句した隙に、
そのあかねの唇は、いつもよりいささか乱暴な口付けに自由を失う。

お酒のせいだろうか、解らないけれど。

あかねは、ぎゅっと目を閉じて、大好きなこの”おおかみ”の罪を洗うように、
その行為をうけとめた。



拍手のお礼文。
後半は18禁です嘘です書けません。


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