願いを夕日に



夕暮れ時の歩道を歩く人々は、制服を着た人がほとんどだった。

楽しげな声が飛び交う中、どこを見るでもなく前を向いて、
私は一人、足を進める。

普段ならさほど気にならない騒がしい空気が、今日は何故だか、
憂鬱さに拍車をかけた。


私は、一体何時から・・・


さっきまであえて見ぬようにしていた、神子と同じ制服の集団に、目をやる。
その中のどこにも、神子は居ない。やけにさびしかった。

険しい空気の中別れたのはついさっきなのに、
怒らせたのは、私の理不尽ないらつきだというのに、
なんとも愚かなことだ、神子に会いたかった。

いつから私は、こんなにも強欲になって居たのだろう。


出会えただけで幸せだと、心から思った。

なのに気づけば、傍に居たいと願って、
それすら身に余る願いだというのに、それが叶えば・・・・


あなたを、独り占めしたくなるなど。


本当に浅ましいな、思って、赤くなった空に向かって一人笑う。
浅ましくて、愚かで、心に持つ事など許されない、解っているのに。


静かに見守っていたい。

何時か貴方が私を必要としなくなっても、
その最後の一秒まで、ただ静かに穏やかに、神子の傍に居たい。

それだけだ。

なのに私の心は、願いとは裏腹に、醜い。


ふと、呼ばれた気がして、振り返る。

「敦盛さん!!」

気のせいかと、顔を戻そうとしたら、さらにはっきりした声が、
私の足を止めさせた。

「神子」
「やっと追いついた〜!」

長い距離を走ったのか、荒い息で肩を揺らす神子を、驚いて見つめた。

「大丈夫か?」
「はい」

すこし汗ばんだ額をおさえて微笑んだ神子に、素直に、
笑い返す事ができない。


「・・・怒って、いないのか?」

私の問いに、じわりと滲むような、違った笑い方で、神子が微笑む。

「さっきは怒ってたけど、怒ってないです」

神子が息を整えるように深呼吸をして、髪をかきあげる。
夕日の光と溶け合った髪が光って綺麗だった。

「敦盛さんは?」

思わぬ質問に、とっさに声が出ずに固まる。

「私は・・」

詫びの言葉や、言い訳や、いろんな言葉が、頭を行き来した。
けれどそれらを、組み立てる事ができなくて・・。

「少しも怒ってなど、いない」

とりあえず、質問の答えを返す。

「そうですか、じゃあ仲直りですね」

あっさりそう言って、神子がどこまでも綺麗に笑った。

「み、神子!」

せっかく会ったしどこか寄っていきませんか?と、
何事も無かったように少し先を行く神子の後を追いながら、
思わず声をかけた。

「理由を聞かないのか?」
「何のですか?」
「さっき私が、あなたに取った態度の・・」

振り返った神子は再び、ふと、笑った。

「間違えてたら恥ずかしいけど、解った気がするんです」

すこしはにかんだように立ち止まって、言葉を続ける。


「ヤキモチ、やいてくれたのかなって」


さっきよりも小さな声で、恥かしそうに俯く神子に、
少し自分の恥かしさが和らいだけれど、
私も思わず目線を下にそらした。

「もし、違ってたら私、また怒っちゃうかも」
冗談じみた不機嫌な声に、やっと私は、少し微笑んだ。

「いや、あなたの言う通りだ」


穏やかな雰囲気をまとった神子が、黙り込む。
きちんと正面から、私は神子に向き合った。

「本当にすまなかった」
「・・いいんです、嬉しかったし」

あまりに予想外な言葉に、私は再び言葉を失った。

「う、うれしい?」
「敦盛さん、そういうの無さそうだから」
「そういうの?」
「もう、とにかく」

気まずそうに言葉をつまらせて、神子が、俯きがちに、ちらりと私を見た。


「ヤキモチやくのは、好きだからでしょ?」

違ったら本気で怒るかも、と、すぐに茶化すように、神子が笑った。


恥かしそうな様子が愛らしくて、夕焼けの光の中でも、
神子は日の光をまとったように、綺麗で。


「あなたの、言う通りだ」


言うと、神子が目を大きくして、私を見つめた。
立ちすくむ神子の手を、そっと取った。

手と手を繋いで、私たちは並んで、少し数が減ってきた学生の波に乗る。

戸惑い勝ちに手の中で揺れた神子の手が、
ぎゅっと、私の手を握り締める。

人の多い所で、手を繋ぐのは苦手だけれど、今はそうしたい。


「でも・・神子」

神子の動きは、言葉は、どんどん、私の身に余る欲望を抑えきれなくする。
あなたを、私だけのものだと、皆に言いたくなる。


「あなたは少し、優しすぎる」

その暖かさに、つけこむわけにはいかない。
これ以上、あなたをを欲しくなっては、いけないのに、


「敦盛さんはもう少し、自分に優しくして下さい」

夕日に染まったあなたは、人々の中で私にとらえられたまま、
これ以上ない暖かい笑顔を私に向けた。




Grassさんに送りつけました。ごめんなさい。
「ジェラシー敦盛」ってリクエスト、だったのに、
肝心のジェラシー場面は省略というとんでもない事態。


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