あなたと遊園地



相変わらず綺麗に片付いた敦盛さんの部屋で、
涼やかな顔をして、彼がわたしに見せたその本は、
別段、珍しい本、というわけでは無かったのだけれど。

敦盛さんと、テーマパーク。

ちぐはぐに思える組み合わせに、わたしは思わずあらためて、
ガイドブックを差し出す彼をみつめた。

「敦盛さん」

敦盛さんから本を受け取りながら、さらにその顔を覗き込む。

「ここ、どんな所か知ってますか?」
「ああ、行った事はないが、大体の事は将臣殿から聞いて・・」

多分解ると思う、と、一瞬自信なさげに揺れてふせた目を、
敦盛さんは思い直すように上げる。
案内を求められたと敦盛さんは受けたようだけど、
わたしが確認したかったのは、そういう事ではなくて。

「ここ、けっこう賑やかで、人がいっぱい居ますよ」
「ああ、それも将臣殿から聞いたが・・」

不思議そうな顔に敦盛さんは、ちょっと不安げな色をうかべる。

「神子は、賑やかな所は苦手だろうか」
「わたしじゃなくて、心配なのは敦盛さんだよ」

思わず、即座に出てしまった返答に、敦盛さんは、
一瞬驚いて、すぐに納得するように顔をゆるめた。

「神子は、私の事を気遣ってくれていたのだな」

敦盛さんは困ったようにうつむいて、すぐに真面目な面持ちを私にむけた。

「神子は、こういう所が好きかと思ったのだが、どうだろう」
「わたしは好きですよ」

言いながら、うかがった敦盛さんの顔が、穏やかにふわりと、
わたしを安心させるように小さく微笑んだ。

「なら、一緒に行ってもらえないだろうか」
「もちろん嬉しいですけど、でも」

本を握りしめていたわたしの手に、それ以上の言葉を鎮めるように、
穏やかな強さで敦盛さんが触れた。

不意な温もりに思わずどきりとした。目が合った彼が優しげで、
言葉をとめてその顔をみつめる。

「私の事は心配いらない」

小さく頷いてみせた敦盛さんは、どこまでも柔らかで。
わたしを思いながらその行き先を考えたであろう彼を、頭に浮かべて、
心が、くすぐったくなる。

本を膝に置いて、かわりにわたしは、重ねられた手をそっと取った。

「もう、人ごみは嫌いなくせに」
わざとらしく呆れてみせたら、少し困ったように敦盛さんが笑った。
こみあげる嬉しさにたえかねて、そんなわたしの呆れ顔は、たちまち笑顔に押しのけられた。

「よかった」

ふわふわとした空気をまとったまま、独り言のようにぽつりと、そう言った敦盛さんを覗く。

「なにが?」
「あなたのその笑顔が見られるなら、人ごみなど気にもならない」

相変わらず微笑んだまんまの敦盛さんは、返事につまって心拍数が上がったわたしに、
気がつかぬ様子で言葉を続ける。

「無理をして、神子に合わせているわけではない、だから・・」

ふと言葉をとめて、敦盛さんは不思議そうな色を顔に浮かべた。

「どうした?」

わたしを見る敦盛さんの大きくした目は、どこまでも真っ直ぐで、
そんな様子に、わたしは頬に熱を持ったまんま、ため息をついた。

「天然、なんだから」
「天然? 一体、何の事を・・」

握った手を、ひっぱって、こちらに引き寄せた敦盛さんは、
いっそう驚いたように目をもっと大きくする。

一瞬だけ触れ合わせて、すぐに解放したその唇を、敦盛さんはぽかんと少し開けたまんま、
やっとわたしと同じように、その頬を赤くした。

「い、いきなり、何を」
「だって敦盛さんが、敦盛さんがいけないんですよ!」

どくどくうるさい心臓の音をふりはらうように、やみくもに言葉を並べた。
わたしの無茶苦茶な返事に、敦盛さんは赤い顔できょとんとする。

「なにか、いけないことを言ってしまったか?」
「違う! ちがいます、ええっと」

ふと弱々しく首をかしげた敦盛さんに、
想いを伝えるように、繋いだ手を強く握った。


「嬉しかったんです」

うつむいて、敦盛さんの手を見つめて言った、敦盛さんの返事はない。

でも、手を握り返される感触に、不安は無かった。
敦盛さんと目を合わせるタイミングをつかみそこねたわたしは、
下をむいたまま、負けじとばかりに、さらに手に力をこめて、笑った。


「顔を上げてくれ、神子」

優しげな落ち着いた声に視線をあげたら、敦盛さんはそっとわたしの髪を撫ぜて、
はにかむように微笑んだ。

そのまんま、引き寄せられて目を瞑る。
敦盛さんが返してくれたキスは、さっきよりも暖かく、柔らかい感触。

「行くからには、手加減しませんから」

離れた唇の隙間から、ささやいたら、ふと、笑った気配がした。
すぐ近くで見た敦盛さんの目が、ただ優しくて、
もう一度、ねだるようにその目を見つめる。

一瞬戸惑うように、恥かしそうに揺れて、再びふわりと、
敦盛さんの目が優しく綻んだ。

首元で、髪をすくうように滑る二つの手が、くすぐったくて少し気持ち良い。
解かれた手の温度を補うように、敦盛さんの背に手を回す。


三度目のキスに押されて、膝から本が落ちて、乾いた音をたてた。



拍手のお礼文でした。
明るいのを書いたら妙に違和感を感じてしまい、
明るいと違和感とかダメ!私ダメと反省した。	



 
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