恋だとしても 20081130


特にこれといった予定があった訳ではなかったけれど。
私にとって、その誘いは、気が進むものではなかった。

珍しく、いつも誰かしら寛いで、賑やかな居間には、誰も居なかった。
私はほっとしたような、少し寂しいような気持ちで、
借りてきた本を読んでいたら、
玄関が開く音と聞きなれた話し声が、しんとした空間を破る。

神子と、ヒノエか。
先に居たのは自分だというのに、居心地が悪いような気がして、
思わず読みかけていた本を、しおりもせずに閉じてしまった。

「こんにちはー、あ、敦盛さん!」

戸をあけてひょっこり顔を出した神子が笑う。

「ああ、神子・・」
「ちょうど良かった、これから海に行ってみません?」

言った、笑顔の神子の背後に立つヒノエと、目が合う。

伺うような目線を送っても、なりゆきを見る事を楽しむように、
口元だけで笑って、ヒノエは黙ったまま。

「私はやめておく。二人で行ってくるといい」

笑顔にかげりがみえた神子から、目をそらすと、
私の返答を喜んで受け入れる筈の人物が意外な言葉をかけてくる。

「こんなに健気な姫君の誘いを断るなんて、お前」

ひょいと近寄って、神子の肩に軽々しく手を乗せて私を覗き込む、
よく知る、ヒノエの裏が解らない目。

「ホントに男?」
「ヒノエ君」

距離の近いヒノエからやや身を引きながら、神子は軽くとがめるように言って、
私の方に顔を戻すと、悪戯するように笑う。

「敦盛さんにふられちゃった」
「え? あ、そうではなくて、ただ私は・・」

冗談ですよと、ふわりと混じりけの無い顔で神子は笑いなおした。

「残念なのはホントですけど」
「もういいだろ? 行くぜ」

神子の背中を押すように、ヒノエが玄関に向かった、振り向いた神子は戸惑い勝ちに私を見る、

自分が、断ったというのに、行くことを望んでいる訳ではないのに。
何故だか寂しい思いがしたけれど、目が合った神子に、少し微笑む。

「敦盛、お前もだよ、早く」

振り向いて、私にそう言ったヒノエの目は、含みがなく真っ直ぐだった。
思わぬ呼びかけに対応が解らず、思わずきょとんと、二人を見る。
一瞬、同じく、意外そうな顔をしていた神子が、打って変わったように笑った。

「行きましょうよ、敦盛さん」

嬉しそうな神子の顔に、私は、考えるより先に、思わず頷いた。



「冬はシーズンオフだから、あ、季節はずれだから、殆ど人は居ないんだけど・・」
髪を背中で躍らせながら歩く神子の背中と、
横に並んだヒノエの背中を見ながら、二人の少し後ろを行く。

「意外とキレイなんですよ」

後ろを見た神子が私に微笑む、突然話をふられて、少し反応が遅れる。

「この世界の海を見るのは、初めてだな」

神子から投げられた話を、何気なく、ヒノエに振る。

「そうだな、でも、キレイだろうね」
「何で知ってるの? ヒノエ君、空気で海の綺麗さが解るとか?」
「へぇ、面白い事言うね。でも違う」

私も、神子も、ヒノエの次の言葉を待って黙る。
一瞬、私にたくらむような顔をして、ヒノエは神子の顔を、
目を伏せて覗き込んだ。

「お前と見る海が、綺麗じゃない訳ないだろ?」

ついて来たのは、やはり間違いだったかもしれない。

からかってばっかり!とヒノエに頬を膨らます神子と、
面白そうに笑うヒノエを見て、居心地の悪さが急上昇した。

「あ、信号、渡っちゃおうか」
神子のその声に、俯いていた顔を上げた。

「二人とも、早く!」

呼びかけと同時に、柔らかいものが手を捉えて、引っ張られた。

かけ出した神子に引かれるまま、ねずみ色の地面に引かれた横じまを、走る。
握られた手を、どう動かせばいいかわからずに、そんな事に気を取られ、
もつれそうになった足をどうにか立て直した。

同じく、手を引かれるヒノエも、少し意外そうな顔をして、
つながれた手をちらりと眺めて、走っていた。

私たちが渡り終えるのを待っていたように、点滅し始めた信号を振り返りながら、
ようやく落ち着いて歩き出した私の手は、それでも、
神子の手と繋がったまんまだった。

「あの信号、すぐに変わっちゃうの」

渡れずの横断歩道、なんて昔は言ったっけ、そんな話をしながら、
私と、ヒノエの手を、おおぶりに振って、神子は歩く。

神子の手は、暖かくて柔らかい。心地は良いが居心地は悪い。

なんとなく、ヒノエを見ると、同時に目が合った。
無邪気とは到底言えないような、にやりとした笑いが返ってきた。
叱るような気持ちで、そんなヒノエに眉をよせた。


「あ」

神子が小さな声をあげると、手を包んでいた温もりが消えた。

「ごめんなさい、手・・」
「い、いや、こちらこそ、すまない」

うつむいて笑った神子に、恥かしさと共に、黙っていた自分の心に、
やましいものがあったような気が起きて、申し訳なさがこみ上げた。

「三人ってのは残念だけどね」

いまだ気まずそうにしている神子にお構いなしで、
ヒノエはまた何か言おうとしている。
思わず、少し距離をとりたくなる。

「俺、欲張りな女って嫌いじゃないぜ」
「ち、違うよヒノエ君! うっかり間違えたの!」

無関心をつとめようとしていた私は、つい神子に視線をやってしまう。

「ふーん。 間違えたって、誰と?」

そう問うたヒノエの目は、いつもの活発さが消えて、
ふと、動きを止めたように静かに見えた。

「将臣君とか譲君だと、つい、子供の時の感覚で、手繋いじゃうから」

恐縮したような神子の様子に、この場の空気が硬くなっている事にふと気づく。

「えっと・・・どうしたの?二人とも」
恐る恐る、私たちを見上げた神子に、われに返った。

「いや、なんでもない! すまない」
「危なっかしいな、俺と敦盛だったからいいけど」

ヒノエが、笑いの引いた顔でため息をついた。

「他の男だったらヤバイぜ」
「ヒノエ君も、十分やばいと思うけど」
「へぇ、俺が怖いの? かわいいね」
「ヒノエl


二人の空気を、壊したい思いが、もしかしたらあったのかもしれない。
けれど、それを打ち消すだけの理由が、話に割り込むだけの理由が、
私の目の前に広がっていた。

「海だ」

二人が言葉を止めて、同じ方向に顔を上げた。

思ったよりも少し色の薄い海が、冷たそうに穏やかに輝いていた。



鎌倉に行ったことがないので、鎌倉の海の事全然知らないんですが、
色々おかしかったらすみません。


 
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