優しい光 220081226




学校から帰る途中に見たクリスマス当日の街は、
思ったよりおそろしいきらめき様ではなかった。
催しをしている所に行かなければクリスマス前の状態と変わらないらしい。
でも、街を歩く人々の雰囲気は、どこかしら柔らかくて幸せそうに見えた。


「うん、クリスマスって感じ」

私の部屋で、こたつに入って、取り皿と、フォークと、
コンビ二で帰り際に一緒に買った色とりどりの惣菜と飲み物、
小さなケーキを前に、神子が私に微笑みかけた。

「そうですか、クリスマスという感じになっているのですね」
「はい、なってます」

嬉しそうに、ふふっと笑った神子に私も笑顔を返す。

「あ、永泉さん、ローソク付いてるよ!」
「ろうそく?」

ケーキと、蝋燭。何の繋がりも無く思えるものの組み合わせに、
私は首をかしげた。

「一体、何に使うのでしょうか」
「あ、知らないよね、じゃあ、今からやってみましょう」

神子の手元を覗き込むと、あまりに鮮やかな赤く小さな蝋燭が見えた。
想像していたものとは違う可愛らしさに驚く私に、
神子は笑いかける。そっとその蝋燭を、丸いケーキに刺す。

「火をつけましょう」
「この状態で、ですか?」

はい、と、自信満々に答えた神子に戸惑いながらも、
私は夏に花火で使った着火機をあわてて引き出しの奥から引っ張り出した。

灯された火はとても小さく、暖房の風にほのかに揺れた。

「せっかくだから電気消していいですか?」
「へ?! 暗闇に返ってしまいますが」

私の言葉にうなずきながら、嬉しそうに神子は立ち上がって、
明かりを消した。途端に辺りが闇になる。同時に、
小さかった蝋燭の火が、鮮やかに光った。

蝋燭に照らされてぼんやり浮かぶ神子が、すとんと、腰を下ろす。
ケーキを中心に揺れる火を見つめる顔は穏やかだった。

「きれいですね」

神子の言葉に、しっかりうなずいてみせる。

見慣れた光だった。
街を色づかせるライトの類ではない、ひどく懐かしい光。

ここは、自分の生まれ育った世界とは、程遠くかけ離れた世界。
意外な所で馴染んだ光と出会えた事が嬉しい。

身の回りに当たり前にあった蝋燭や燈台の火と一緒に、
あの世界に残してきた人々が、心に次々と浮かんでは、
遠くなった記憶に少しだけ寂しくなる。

「とても、優しい光です」

心からそう言うと、そっとろうそくに手を近づける。暖かかった。
私のまねをして、神子も蝋燭に手をかざした。
白くて細い指に、柔らかい光と影が映って、時折ふわりと揺れる。

「永泉さん」
「はい」

ひどく穏やかな空気の中、私の名を呼ぶ神子の声は、暖かい。

「手をつないでもいいですか?」

神子の申し出に、穏やかだった体に、余計なざわつきが起こる。
気にせずおこうと、心の奥に封印していた、天真殿の言葉が顔を出す。

「あ、はい」

それをすぐさま押し静めて、返した返事に少し戸惑いがもれた。
ごまかすように、そっと微笑んで神子の手を取る。

神子が内からにじみ出る様な、幸せそうな笑顔をうかべた。

「これで安心」
「安心?」

「永泉さん、時々、居なくなっちゃいそうな顔するから」

言葉を捜すようにうつむいて、神子が諦めたようにため息をついた。

「変な事言っちゃった」

自分の言動を恥じるように微笑んだ神子を、見つめた。
無意識に握った手に力が入る。

「居なくなったりなど、いたしません」

言った私を、ぽかんと見つめたあと、ふわりと笑って神子がうなずいた。

「貴方を置いて居なくなったりなど・・・」

言葉をどう使っても、この気持ちを、こんなにも、
神子の傍に居たいという気持ちを、伝えられる気がしなかった。

だから私は、神子の手を引いて、そのままゆっくり、抱きしめた。

知らない内に、一体何度、神子を不安にさせていたのだろう。
それら全てをぬぐう様な気持ちで、神子の髪を撫でると、
背中に腕をまわされて、ぎゅっとしがみつかれる、
安心したように、神子が顔を私の肩に乗せた。

ただ大切だと思う穏やかな気持ちの中に、
もっと熱っぽく騒がしい気持ちが、割り込んだ。

神子の純粋な気持ちに、なんて不純な気持ちを起こしてしまったのか、
反省の念と同時に、もしかしたら天真殿の言うとおりなのかもしれない、
そんな、自分勝手でけがれた思いが顔を出す。

神子の向こうで、優しく揺れる光を見つめれば、
心が澄みわたった気がした。自分の心臓の音だけが、
浮いたように早く響く。すっと、息を吸って、

「神子、ケーキに蝋が、かかってしまいそうです」

私の声に首を起して、そうだ!と小さく言うと、
腕からあっけなく神子が抜け出した。

「あ、で、電気をつけましょうか」

蝋燭を消す勢いの神子に遅れぬように私も、慌てて立ち上がると、
電気の紐を闇の中探る。

元通り、電気のついた部屋は、漂っていた雰囲気も、
夢からさめたように普段どおりに戻った気がした。

「永泉さん、無事でした!」

安堵感に満ちた声が、微笑ましく思えて、
少しぎこちなかった気持ちが和らいだ。

「それは良かったです」

神子の向かい側に座って、息をついた。まだすこし、心音の速さが残る。
同じ目線に居る神子が、じゃあパーティを始めましょう、と、
かしこまったように言ってから、嬉しそうに笑った。

「飲み物、開けましょうか」
「うん、ありがとう、あ、永泉さん」
「何でしょう」
「そっち行っていいですか」

思わず目を見開いて黙った私を、神子が少し睨んだ、
「こ、ここはさらっといいですよって言って下さい」
「すみません!いいですが、ただ狭いのではないかと」

言い終わらないうちに、膝歩きで神子は私の隣に来ると、
いささか乱暴に足を割り込ませた。見つめた横顔に見える耳が赤い。

「永泉さんの、ばか」
こちらを見ないまま、ぽつりと、神子がつぶやく。

再び、抱きしめたくなる衝動を抑えて、私はとにかく、
目の前の飲み物を開けると、神子の器にそれをついで、
出来るだけ普段どおりに笑う。


赤い頬で笑い返した神子は、
蝋燭の火よりも、遠い世界で灯っているであろう懐かしい火よりも、
優しく穏やかに光って見えるのに、どうして、

私の心は穏やかさを失うのだろう。


澄んだ思いをどこまで保てるのか解らぬまま、
私は炭酸のきいた飲み物を勢いよく喉に通す。

まだ慣れないはじける刺激に、少し頭が覚めた気がした。
何をした所で効果は一時的なのだろうけれど。




クリスマスに間に合わなかった。永泉さんのせいです(無茶苦茶)


 
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