優しい光 3 普段と、している事はさほど変わらない。 そろそろ見慣れてきた永泉さんの部屋と、永泉さんの洋服姿。 テレビから聞こえる他愛も無い会話、お気に入りのいつもの炭酸飲料の冷たさが、 コタツで温まった体に良い刺激を与えて心地よい。 ただ少し違う事は、今日がクリスマスだという事と、 いつもよりも、永泉さんの気配が、すぐ傍にある事、その位。 「本当に、すごい光なのですね」 永泉さんの声が心地よく私の体に響いた、自分から入り込んだ、 彼との距離がほとんどないこの席は、落ち着くのか落ち着かないのか解らなくて、 テレビを見つめて目を大きくした永泉さんの横顔に、 つい言葉を返し忘れそうになった。 「あの、テレビに、大きな光の塊が映っていたものですから・・」 「ホントだ、クリスマスツリーですね」 内心、慌てて、次は滑らかにそう返してから、わたしは永泉さんに笑った。 言葉を詰まらせたのは、意味が伝わらなかった為だと彼は思ったのだろう、 何の疑問も無い顔でふんわり笑うと、頷いた。 「永泉さん、大丈夫?」 「え?」 「光がいっぱいなの、苦手でしょ?」 「あ! このテレビのことですか?」 一瞬考えるように黙り込んだ永泉せんは、ひらめいた顔で、 そう言ってから、おかしそうに、声もなく笑った。 「これなら大丈夫です。とても綺麗ですね」 永泉さんの笑顔の彩度が、すこし落ち着く、静かに微笑んで、 そう言った彼は、画面に映る光の柱よりもひかえめで、 それでいてきれいで優しかった。 「神子」 テレビに目をむけたまま、永泉さんがわたしを呼んだ声は、 静かだけれどしっかりしていた。 「あと、一年あれば、私も光に慣れる事ができるかもしれません」 永泉さんの横顔が、水で洗った果物みたいに、きりりとひきしまる。 「いえ、慣れるように努力して・・その、必ず慣れます、だから」 自分に、言い聞かせるような、凛としたその声の意図がいまいちわからないまま、 私は、思わず吸い込まれるように、その横顔をみつめた。 「来年はこのクリスマスツリーを、すぐ傍から見上げましょう」 不意にこちらに振り向いて明るく笑った永泉さんと、至近距離で目が合う、 私は不自然なくらいにたじろいた。 私を不審に思ったのか、永泉さんも、少し驚いた様子をみせて黙る。 「良かった、来年も一緒に居てくれるんですね」 つい、言った言葉が、なんだか間が抜けているようで、 気まずくなって、コタツ台の上の自分の手を、見つめた。 「じゃあ!永泉さんには、これから特訓しても・・」 誤魔化すように出した声がうわずった。けれどそれを立て直すより早く、 漂った永泉さんの空気に、声が止まる。 頬に、触れた、永泉さんの唇の感触、小さいけれど温かい。 たちまちその温もりは、私の顔全体に、うつって広がる。 離れた永泉さんの頬が赤い、困ったような目。 「す、すみませ・・・あまりに、その・・」 うつむいて、永泉さんは、ひどく居心地悪そうな色を顔に貼り付かせた。 「愛らしかったものですから、つい」 「なっ! 何いって・・私のどこが」 「・・・ど、どこと、申されても・・」 真っ赤な永泉さんの顔、でもきっと、私の頬も同じだ、 ふっきれたように、突然おかしくて仕方なくなって、 私は、思わず吹き出して、笑った。 「なんだか、恥かしすぎて、笑えてきちゃった・・」 私に穏やかに微笑んだあと、ふと、永泉さんの目に真剣さが混じった。 「言葉では、言い様が有りません」 静かな声。けれど、やけに鮮明に耳に届いた、その言葉に、 わたしの心臓は、不穏な音をたてた。 近くで見た永泉さんは、女の子と見紛うような長い睫の目、 あどけなく見える顔立ち、静かな空気をまとって、相変わらずなのに、 見慣れた永泉さんではない気がした。 少し怖い、でも、見惚れたように、目が離せない。 のしかかる沈黙がいつもよりも重くて、押しつぶされそうなのに、 何も言えない。 そっと、永泉さんに頬をなぜられても、私は、 目をそらすことも、微笑むこともできずに、じっと、 凛として、でもどこか騒がしい永泉さんの目を、眺めた。 ゆっくりと、唇が重なる。鮮明に伝わる柔らかさを、 感じ続けるうちに、体の芯がじんわり熱くなった気がした。 離れた温もりに、名残惜しさを感じて、その色が自分の顔に出たのでは、と、 私は我に返って恥かしさに思わずうつむく。 永泉さんの指が、優しく髪をすいた。 感触を伝えることなどできない筈の髪の毛から、 優しい心地よさが伝わって、背筋を痺れさせる。 その感覚がすこしこわくて、硬く目を閉じた。 「神子」 心配そうに、かすれるように小さな声で、永泉さんが私を呼んだ。 目を開けると、私を覗きこむ永泉さんと目が合う。とても優しい、彼らしい目。 幸せで、甘くて、暖かい気持ちが胸に満ちて私は笑った。 この気持ちが、何なのか、私は知ってる。 「大好き」 言うつもりなんてなかったのに、勝手に滑りでた言葉に、 遅れて恥かしさがこみ上げた。。 穏やかな彼の目が大きく見開かれて、何かいいたげな唇は、 少し開いてとまったまんま、永泉さんは私を見つめた。 「あ、ありがとうございます」 切なそうに、永泉さんは優しく目を細めた。 その返答がなんだかおかしくて、つい、少し笑った私に、 一瞬苦笑いを返してから、永泉さんはゆっくり、まばたきをした。 「私も・・・大好きです」 髪をなぜていた手で、永泉さんは私を引き寄せると、もう一度キスをして、 二人の境界線を緩ませて解くように、その行為を、 ためらうように、そっと、深くした。 戸惑う心とは裏腹に、ひどくその感触が柔らかくて愛おしかった。 受け止めるように、その流れに身をまかせる。 今まで感じたことがないような、不思議で切なくて、 甘い気持ちになんだかたえられなくて、永泉さんの腕を握る。 離れた唇から、息がもれた。 にわかに上がった自分の吐息に戸惑いながら、 永泉さんの腕にしがみつく力を強め、 すこし呼吸の早い永泉さんを見つめたら、 すぐに抱きしめられて、永泉さんの顔は、私の後ろに消える。 「申し訳、ありません、神子」 不意に謝られた意味が、解らなかった。 何が?と、聞こうとしたら、永泉さんの腕の力が少しゆるんで、 近くから、私の顔を覗きこむ。 頬が、赤い。不安定に彼の目が熱っぽく揺れて、 呼吸を鎮めるように、永泉さんはひとつ、息をのんだ。 「抱いても、宜しいですか」 一瞬周りの音が遠のいて、ふとテレビの音がいきなり耳についた。 聞き覚えのあるCMの音が聞こえる、どうだっていい音。 うまく、上手に永泉さんに返事ができなかった。 どんな顔をすればいいのか、そんな事を考えれば、 益々表情はぎこちなく歪んでしまうようで、 それをかくすように俯けば、ますます、私の姿は、 きれいではなくなるみたいで。大好きなのに。 ただ静かに、微笑んであげたいのに。 するのに許可を取るうざい永泉さんが書きたかった(永泉さんにうざいは褒め言葉) |